川西町(かわにしまち)は、山形県南部・置賜地方の東置賜郡にある人口12,682人の町です。米沢盆地の西半分を占め、山形新幹線の米沢駅・赤湯駅から車で20分ほどの位置にあります。
川西町の魅力を5つに凝縮すると、こうなります:
- ✅ やまがた川西ダリヤ園──4ヘクタールに650品種・約10万本のダリアが咲く花公園
- ✅ 下小松古墳群──202基が群れる国指定史跡。県内の前方後円墳の半数以上が集中
- ✅ 井上ひさしのふるさと──蔵書22万点を収める「遅筆堂文庫」がある町
- ✅ 紅大豆──町が商標を持つ、赤い在来大豆
- ✅ 米沢牛の産地──GI登録「米沢牛」の生産地に含まれる置賜三市五町のひとつ
「花や庭園めぐりが好きな人」「古墳や地方史に興味がある人」「演劇や文学の土地を訪ねたい人」に向いた町です。本記事では、推しポイント・歴史・文化・特産品を、公的な資料で確認できた事実に絞って紹介します。
| 人口 | 12,682 人 ※2026年6月1日時点(推計人口) |
|---|---|
| 面積 | 166.60 km² |
| 人口密度 | 76.1 人/km² |
川西町は、北を長井市、北東を南陽市、東を高畠町、南から南東を米沢市、西を飯豊町に囲まれています(出典:飯豊町公式サイト)。町名は、最上川(松川)の西側を「川西」と呼んだことに由来します。
町の東半分は水田の広がる平野部、西の玉庭地区は標高400メートルほどの丘陵地です。鉄道はJR米坂線が南北に走り、中心部の最寄りは羽前小松駅。北端をかすめる山形鉄道フラワー長井線には西大塚駅があります。
花と古墳と一人の劇作家。この3つが同じ町にある理由を、順に見ていきましょう。
川西町の推しポイント

ダリアの花公園、200基を超える古墳群、22万点の蔵書を持つ文庫、赤い在来大豆、そして米沢牛。川西町の見どころは、規模の大きさよりも「なぜここにあるのか」を辿ると面白くなるものばかりです。ここでは5つを、それぞれ少しずつ深掘りします。
推しポイント1:やまがた川西ダリヤ園──650品種・10万本の花畑
4ヘクタールの園内に650品種、約10万本のダリアが咲きます。開園は例年8月から11月初旬にかけてで、見頃は9月中旬〜10月中旬です(出典:やまがた川西ダリヤ園)。
ここの面白さは、花の名前です。「宇宙」「赤い彗星」「ムーンワルツ」と、ネームプレートを読みながら歩くだけで一周分の時間が過ぎていきます。園内の売店には紅大豆ソフトクリームもあります。
推しポイント2:下小松古墳群──202基が眠る国指定史跡
町の北西部の丘陵に広がる古墳群で、総数は202基。うち21基が前方後円(方)墳で、山形県内の前方後円墳の半数以上がここに集中しています(出典:やまがたへの旅(山形県公式観光サイト))。うち3支群179基が2000年9月21日に国の史跡に指定されました(出典:文化遺産オンライン)。
丘陵には地元ボランティアが整備した山道が通っていて、春にはヒメサユリが咲きます。展望台から見下ろす置賜盆地は山形県の眺望景観資産に登録されています。古墳を歩きながら里山の花も見られる、という場所はそう多くありません。
推しポイント3:遅筆堂文庫──作家・井上ひさしが遺した22万点
『ひょっこりひょうたん島』『吉里吉里人』『父と暮せば』の作家・井上ひさしは1934年、この町(旧小松町)の生まれです(出典:川西町フレンドリープラザ)。
1987年、井上が約7万冊の蔵書を町に寄贈して「遅筆堂文庫」が開館。寄贈はその後も続き、現在の資料は約22万点にのぼります。1994年には劇場・町立図書館と一体になった川西町フレンドリープラザが開設されました(出典:同上)。
一人の作家が仕事のために集めた本が、ほぼまるごと一か所に残っている。しかも本人の付箋やメモが挟まったまま。これは全国的にも珍しい環境なんですよ。
推しポイント4:紅大豆──町が商標を持つ、赤い在来大豆
「赤豆」と呼ばれて川西町で細々と作り継がれてきた在来大豆に、山形の県花・紅花にちなんだ名前を付けたものが「紅大豆」です。町が管理する登録商標で、2017年11月24日に登録されています(出典:川西町ホームページ)。
商標を使うには町長の許諾が必要で、川西町内で生産された赤豆であることが条件です。町ぐるみで名前を守っている特産品、というわけです。
推しポイント5:樽平酒造と掬粋巧芸館──酒蔵が建てた東洋陶磁の美術館
江戸期創業の樽平酒造の道向かいに、創業家の井上家が昭和7年に開いた美術館「掬粋巧芸館」があります。国指定重要文化財「染付飛鳳唐草文八角瓢形花生」など14件の指定文化財を所蔵しています(出典:川西町ホームページ)。
樽平酒造の主屋と6棟の蔵、掬粋巧芸館の本館と日本館、計9棟は国の登録有形文化財です(出典:同上)。米沢盆地の一角に、元代の青花磁器の名品がある。この落差が川西町らしさです。
川西町の歴史

川西町の歴史は大きく3つの層に分けられます。第一が、下小松古墳群に象徴される古墳時代の置賜の中心地としての層。第二が、越後と米沢を結ぶ街道の宿場として栄えた近世の層。第三が、1955年の町村合併から現在までの層です。水田と丘陵という地形が、それぞれの時代の役割を決めてきました。
古代〜中世──古墳と郡家が置かれた土地
下小松の丘陵では、4世紀後半から古墳が造られ始め、6世紀に最盛期を迎えました。大きさ10〜34メートルほどの前方後円墳・前方後方墳・円墳・方墳があり、発掘では鉄の刀や剣、青銅鏡、ガラス玉、須恵器などが出土しています(出典:川西町ホームページ)。
9世紀後半には、郡の役所である郡家が下小松に移されました。律令制の地方行政の末端機構で、置賜郡の郡家としては最後のものと考えられています。
戦国期の1570年には小松城の戦いが起こりました。伊達輝宗と対立した奉行・中野宗時が謀反を起こし、共謀者だった小松城主・牧野久仲のもとへ逃げ込みましたが、討伐軍に包囲され1日で鎮圧されています。
近世〜近代──十三峠の宿場町・小松
1521年、伊達稙宗によって米沢と越後を結ぶ新しい山道(俗称・十三峠)が開かれました。1598年に上杉氏が置賜を領有すると宿駅制が本格化し、街道には小松をはじめ「西通り八か宿」と呼ばれる宿場が8つ置かれました。
1878年、英国の旅行家イザベラ・バードが旅の途中で小松に泊まりました。宿泊先は肝煎りだった金子十三衛門家の邸宅で、外国人を一目見ようと町の住民の半数が集まったと伝わります。
バードはこの置賜の地を「東洋のアルカディア(理想郷)」と称したことで知られています(出典:山形県)。
現代──合併・水害・そして文化施設の町へ
1955年1月1日、玉庭村・大塚村・犬川村・小松町・中郡村が合併して川西町が誕生し、同年2月1日に吉島村を編入しました。現在の町域はこのときに固まっています。
1967年には集中豪雨で最上川上流が氾濫し、羽越水害が発生しました。川西町でも犬川が氾濫して200人が救助され、災害救助法が発動されています。
1994年、町立図書館・遅筆堂文庫・劇場を併せ持つ川西町フレンドリープラザが開館しました。野外劇場を挟んで天神森古墳と隣り合う立地で、古墳時代と現代演劇が同じ敷地にある場所になっています。
川西町の文化・風習

川西町の暮らしは、水田と丘陵のリズムで動いています。屋敷林に囲まれた家が田んぼの中に点在する「散居集落」の風景が広がり、雪深い冬と、盆地特有の蒸し暑い夏がはっきり分かれます。言葉づかいも、隣の村山地方とはずいぶん違うんですよ。ここでは方言・食卓・人の気質の3つから見ていきます。
方言と話し方の特徴
この地域で使われるのは山形県内でも「置賜弁」と呼ばれる言葉です。村山弁に比べて濁点が少なく、やわらかい響きだと言われます。
まず覚えたいのがおしょうしな(ありがとう)。置賜を代表する言葉で、お店でも普通に耳にします。丁寧に言うときは「おしょうしなっし」と伸びます。
語尾では〜ごで(〜だよ、〜でしょう/気持ちを強めるときの語尾)が特徴的で、「そうです」は「んだごで」になります。ほかにたねる(さがす)、け(食べなさい)といった言葉も日常で使われています(出典:やまがた子育て応援サイト(山形県))。
「ほれ いっぱい け〜」と言われたら、「たくさん食べなさい」という意味です。断らずに、まず一口いってみてください。
火の輪をくぐる獅子──小松豊年獅子踊
山形県指定無形民俗文化財の「小松豊年獅子踊」は、平安時代の初めにこの地へ流された法相宗の高僧・徳一上人を慰めるため、里人が踊ったのが始まりと伝わります。江戸時代には豊作の年だけ踊ることが許されたことから、この名がつきました(出典:川西町ホームページ)。
見どころは、牝獅子が火の輪をくぐる“狂い獅子”の場面。花笠をかぶった6人の早乙女が太鼓を打ち、笛と歌が重なります。踊りの中には農作業のしぐさが織り込まれています。
およそ1,200年の歴史を持つこの踊りは、毎年8月16日に上小松の大光院、8月27日に上小松の諏訪神社で奉納されています(出典:同上)。踊り継ぐ小松豊年獅子踊会は、2021年度に第67回斎藤茂吉文化賞を受賞しました。
食卓と季節の暮らし
秋、田んぼの稲刈りが終わるころに食卓へ上がるのが紅大豆の煮豆です。川西町は四季の変化がはっきりした盆地性気候で、この気候が赤豆の生産に合い、煮豆の食文化が受け継がれてきました(出典:川西町ホームページ)。
冬は雪に閉ざされます。夏は盆地らしく蒸し暑く、35度を超える日もあります(出典:山形県)。この寒暖差が、米にも豆にも果樹にも効いてくるわけです。
甘いものが強いのもこの町の特徴です。街道の宿場として砂糖や小豆が集まった歴史があり、羊羹やどら焼きの店が今も続いています。旅の帰りに一箱、はよくある光景です。
人の気質と地域のつながり
米沢藩の領内だった土地柄もあってか、置賜の人は初対面ではやや控えめです。ただし一度懐に入ると、驚くほど世話を焼いてくれます。「おしょうしな」という感謝の言葉が生活に根付いていることが、その距離感をよく表しています。
下小松古墳群の遊歩道整備、獅子踊の中学生への伝承、紅大豆の生産研究会。川西町の名物は、ほぼ例外なく住民の有志が支えています。町の規模が小さいぶん、一人ひとりの役割が見えやすいのだと考えられます。
移住を考えるなら、まずダリヤ園か古墳の遊歩道あたりで地元の人に話しかけてみるのがいいと思います。たぶん、聞いた以上のことを教えてくれます。
川西町の特産品・食

川西町は水田単作地帯で、肉牛の飼育と果樹生産も盛んな農業の町です。ここでは、この町でしか手に入らない「紅大豆」、全国区のブランド「米沢牛」、そして盆地が育てる「米」の3つを紹介します。どれも、あの寒暖差がなければ生まれなかったものなんですよ。
特産品1:紅大豆──煮汁まで赤くなる在来の豆
熟すと全体がえんじ色を帯びる、川西町の在来大豆です。地元では長く「赤豆」と呼ばれ、煮豆に向く豆として使われてきました。旬は収穫期の10月〜11月で、乾燥豆は通年出回ります。
赤い色素は大豆ポリフェノールのアントシアニンによるもの。一般的な大豆より甘みとコクが濃く、豆腐や豆乳にすると淡いピンク色になります(出典:川西町ホームページ)。
基本の食べ方は、やはり煮豆。ゆでたあと鍋のまま冷ますと、いったん湯に出た赤色が豆に戻ってくると言われます。町では味噌や菓子への加工も進んでいて、ダリヤ園の紅大豆ソフトクリームは夏の定番です。
2002年、県の料理コンクールに町の女性が赤豆の煮豆を出品したことが再発見のきっかけでした。家庭用の細々とした栽培から、町の看板へ。20年少々でここまで来た特産品です。
特産品2:米沢牛──置賜三市五町で育つ黒毛和種
川西町は、地理的表示(GI)保護制度に登録された「米沢牛」の生産地に含まれています。生産地は米沢市・南陽市・長井市・高畠町・川西町・飯豊町・白鷹町・小国町の置賜地域です(出典:農林水産省)。
米沢牛と認められるのは、黒毛和種の未経産雌牛で、置賜三市五町に住む認定生産者が最も長く飼育したもの。長期肥育による脂の質が持ち味とされます(出典:米沢牛銘柄推進協議会)。
すき焼きやステーキが王道ですが、川西町で気軽に味わうならダリヤ園の「牛こん」です。牛すね肉と玉こんにゃくをじっくり煮込んだ串で、花を見ながら片手で食べられます。旬という概念はありませんが、寒い時期の鍋は格別です。
特産品3:米と果樹──散居集落が育てる盆地の味
川西町は水田単作地帯で、町の面積166.60km²のうち田が45.78km²(約27.5%)を占めます。これに丘陵地での肉牛飼育と果樹生産が加わります。
置賜地域の農業産出額は米が最多で、次いで畜産、果実の順。主要果実はぶどう、りんご、さくらんぼ、洋なしです(出典:山形県)。さくらんぼは6月、ぶどうと洋なしは秋が旬になります。
新米の時期に町を走ると、屋敷林に囲まれた家が田んぼの海に浮かんでいるように見えます。この散居集落の風景こそ、川西町の米の背景そのものです。炊きたてを一口食べてから、もう一度この景色を見てみてください。味の説明が要らなくなります。
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川西町の観光スポット

川西町の見どころは、丘の上に散らばっています。ダリアの花畑も、202基の古墳も、散居集落を見下ろす展望台も、どれも米沢盆地を囲む丘陵の縁にあるんですよ。町の中心・羽前小松駅の周辺には、宿場町だったころの町並みと文学の拠点が残っています。花・歴史・文学の3方向から紹介します。
丘の上から花と風景を楽しむスポット
- やまがた川西ダリヤ園 – 4ヘクタールの園内に650品種・約10万本のダリアが咲く花公園です。2026年の開園期間は8月12日から11月2日まで、開園時間は9:00〜18:00(最終入園17:30、10月以降は日没閉園)、入園料は大人550円・小学生220円・未就学児無料です(出典:川西町観光交流協会)。見頃は9月中旬から10月中旬。どの花にも名札が付いていて、「宇宙」「赤い彗星」「ムーンワルツ」と読みながら歩いていると、一周のつもりが二周になります。夕方は西日が花びらを透かして、色が一段濃く見えます。
- 虚空蔵山展望台 – 町の南東・大字時田の高台にある展望台で、通年入れます(出典:川西町観光交流協会)。眼下に広がるのは、屋敷林に囲まれた家が田んぼに点在する散居集落。おすすめは新緑の5月と稲刈り前の9月です。水が張られた田んぼが空を映す春の夕方は、盆地全体が鏡になったように見えますよ。
- 川西町浴浴センターまどか – ダリヤ園を見下ろす丘の上に建つ、自家源泉の温泉宿泊施設です。日帰り入浴は8:00〜20:00(最終受付19:30、サウナは13:00〜20:00)、大人400円・小学生200円、休館日は毎月第4月曜日(祝日の場合は翌日)です(出典:川西町浴浴センターまどか)。花の季節は約10万本のダリアが借景になります。歩き疲れた足を、花畑を眺めながら伸ばせるのがここの贅沢なんですよ。
古墳と歴史をたどるスポット
- 下小松古墳群 – 町の北西部、標高230〜280メートルの丘陵に202基の古墳が広がります。うち21基が前方後円(方)墳で、山形県内の前方後円墳の半数以上がここに集中しています(出典:やまがたへの旅(山形県公式観光サイト))。3支群179基が2000年に国の史跡に指定されました(出典:文化遺産オンライン)。地元ボランティアが整えた山道を登ると、足元の小さな盛り上がりが全部お墓だと気づいて足取りが変わります。6月ごろのヒメサユリの時期がいちばん人気です。
- 山形鉄道 西大塚駅舎 – 大正3(1914)年に長井軽便線の駅として開業した、現役の木造駅舎です。本屋と延長104メートルの石造プラットフォームが国の登録有形文化財になっています(出典:川西町観光交流協会)。雑誌やテレビの撮影地としても知られています。無人の待合室に座って列車を待つ20分は、平成も令和も飛び越えたような時間になります。
- 樽平酒造 – 江戸期創業の酒蔵で、主屋と6棟の蔵、道向かいの掬粋巧芸館の本館・日本館を合わせた9棟が国の登録有形文化財です(出典:川西町ホームページ)。街道沿いに黒い蔵が連なる一角は、車を停めて歩くだけの価値があります。なお掬粋巧芸館は現在の公開状況が変わることがあるため、訪問前の確認をおすすめします。
文学と町並みに触れるスポット
- 遅筆堂文庫(川西町フレンドリープラザ内) – 町出身の作家・井上ひさしが寄贈した約22万点を収める文庫です。開館は火〜土曜9:30〜19:00(12月〜3月は18:00まで)、日曜・祝日9:30〜17:00、休館は毎週月曜日(祝日の場合は翌日)ほか(出典:川西町観光交流協会)。令和6年4月には鎌倉の書斎を再現した「井上ひさしの書斎」もオープンしました(出典:同上)。本に挟まったままの付箋を見ていると、作家がついさっき席を立ったような気配がします。
- アルカディア人物館(川西町交流館あいぱる内) – 旧第二中学校を使った交流館の中にあり、井上ひさし、初代最高裁判所事務総長の本間喜一ら、町出身の5人を紹介しています。同じ建物には下小松古墳群や道伝遺跡の出土品を展示する埋蔵文化財資料展示館もあります(出典:川西町交流館あいぱる)。廊下も教室もそのままなので、社会科見学に戻ったような気分で歩けますよ。
- 錦屋 – 寛政二年創業の老舗菓子店。旧道に面した撞木造りの店舗と蔵が並び、宿場町だったころの小松の姿を伝えています。建物は国の登録有形文化財で、営業時間は8:30〜18:00、定休日はありません(出典:川西町観光交流協会)。文化財の店先で普通に和菓子を買える、というのがなかなかありません。
- かわにし森のマルシェ – 地元農家の米や野菜を売る町の直売所で、レストランも併設しています(出典:川西町ホームページ)。紅大豆をはじめとする豆の品ぞろえが厚く、高豆蒄地区でしか作られない伝統野菜「高豆蒄瓜」の粕漬けが並ぶこともあります。旅の最後に寄ると、荷物が確実に重くなる場所です。
川西町の観光ルート

川西町は東西に長く、見どころが丘の縁に散っているので、車があると一気に効率が上がります。花の季節にダリヤ園と古墳をつなぐ1日ルート、駅前に絞った半日ルート、そして米沢市まで足を伸ばす広域ルートの3本を組んでみました。
【車・1日】花と古墳をつなぐ王道ルート
9:00 羽前小松駅 → 9:15 やまがた川西ダリヤ園(車10分)→ 11:30 浴浴センターまどか(車3分)→ 13:30 下小松古墳群(車15分)→ 15:30 虚空蔵山展望台(車25分)→ 16:30 かわにし森のマルシェ(車15分)
①やまがた川西ダリヤ園(2時間)
→ 開園直後は光が柔らかく、写真に向いています。名札を読みながら歩くのが正しい楽しみ方です。
②浴浴センターまどか(2時間)
→ 花畑を見下ろす丘の上でランチ。米沢牛を使ったコースもあり、午後に備えて温泉に入るのもありです。
坂を下って北へ。田んぼの中の道が続きます。
③下小松古墳群(2時間)
→ 午後は木漏れ日が斜めに入って、古墳の輪郭が浮かび上がります。歩きやすい靴で。
④虚空蔵山展望台(30分)
→ 夕方の斜光で散居集落の屋敷林が長い影を落とします。この日いちばんの景色になるはずです。
⑤かわにし森のマルシェ(30分)
→ 紅大豆と地酒を買って締め。閉店時間が近いので、駆け込みにならないよう余裕を持って。
【車・半日】小松の町並みと文学ルート
13:00 羽前小松駅 → 13:10 樽平酒造(車3分)→ 14:00 錦屋(車3分)→ 15:00 川西町フレンドリープラザ(徒歩・車5分)→ 16:30 西大塚駅(車15分)
①樽平酒造(40分)
→ 街道沿いの黒い蔵が連なる一角を歩きます。江戸期からの町割りがそのまま残っている場所です。
②錦屋(30分)
→ 文化財の店舗で和菓子を購入。この後の読書時間のおともにどうぞ。
③川西町フレンドリープラザ・遅筆堂文庫(1時間30分)
→ 井上ひさしの書き込みが残る本と、再現された書斎。午後遅くは人が少なく、じっくり見られます。
羽前小松駅から北へ。田園の中を15分。
④西大塚駅(30分)
→ 大正生まれの木造駅舎で列車を1本見送るのが目的です。夕暮れどきの木の駅舎は、写真より実物のほうがいいです。
【車・1日】広域ルート:置賜盆地を横断する
9:00 米沢駅 → 9:40 下小松古墳群(車40分)→ 11:30 やまがた川西ダリヤ園(車20分)→ 14:00 川西町フレンドリープラザ(車10分)→ 15:30 赤湯温泉・南陽市(車25分)
①下小松古墳群(1時間30分)
→ 朝の丘は空気が澄んでいて、置賜盆地の輪郭がくっきり見えます。まずここで地形を頭に入れると、この後が面白くなります。
②やまがた川西ダリヤ園(2時間)
→ 昼は園内の売店で「牛こん」と紅大豆ソフトを。歩きながら食べられます。
盆地を東へ横切ります。田んぼの中の直線道路が気持ちいい区間です。
③川西町フレンドリープラザ(1時間)
→ 22万点の蔵書を駆け足で。時間がなければ「井上ひさしの書斎」だけでも十分に濃いです。
④赤湯温泉(南陽市)(宿泊)
→ 川西から車で25分。山形新幹線の赤湯駅が近く、翌日の移動がぐっと楽になります。
ここまで見てきたとおり、見どころが少し離れた場所に点在していることもあります。気になるスポットをまとめて回るなら、レンタカーがあると一気に動きやすくなりますよ。料金は会社や時期でけっこう変わるので、まとめて比較できるサイトでサッと見ておくのがおすすめです。
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川西町の年間イベント

川西町の一年は、春に文学から始まり、夏に祭りが集中し、秋に花で締めくくられます。とくに7月下旬から8月下旬までのひと月あまりは、提灯行列、花火、獅子踊、お囃子屋台と、町の伝統行事が立て続けに並ぶ濃い時期です。順に見ていきましょう。
春:吉里吉里忌(4月)
ぜひ知っておいてほしいのが、毎年4月に開かれる「吉里吉里忌」です。井上ひさしを偲ぶ文学忌で、2026年4月には第12回が川西町フレンドリープラザで開かれました(出典:「吉里吉里忌」公式サイト)。
講演とトークの二部構成で、全国からファンが集まります。会場の外は町の桜が満開になる時期。文学の話を聞いた帰り道に桜を見上げる、というのがこの日の定番なんですよ。
夏①:諏訪神社 虫送り(7月下旬)
7月下旬、上小松の諏訪神社から子どもたちが提灯を手に町内を練り歩きます。火に集まる虫の習性を使って稲の害虫を送り出し、五穀豊穣を祈る行事で、今では行う地域が少なくなりました(出典:川西町観光交流協会)。
日が落ちた田んぼ道を、提灯の列がゆっくり進んでいきます。蛙の声と子どもの声、そのあいだに提灯の灯り。夏の入口を感じる光景です。
夏②:かわにし夏まつり(8月上旬)
町の夏の一大イベントで、毎年8月上旬に川西町役場周辺で開かれます。地域の伝統芸能、町内外のグルメが並ぶマルシェ、そして近距離で打ち上がる花火が楽しめます(出典:川西町観光交流協会)。
花火が近い、というのがこの祭りの特徴です。音が体に当たる距離で見上げることになるので、小さなお子さん連れは耳の準備をしておくといいかもしれません。
夏③:小松豊年獅子踊(8月)
山形県指定無形民俗文化財で、およそ1,200年の歴史を持つ獅子踊です。毎年8月中旬に上小松の大光院で、8月下旬に上小松の諏訪神社で奉納されています(出典:川西町ホームページ)。
見どころは、牝獅子が本物の火の輪をくぐる“狂い獅子”の場面です。花笠をかぶった6人の早乙女の太鼓と、笛と歌。火の粉が散る音まで聞こえる距離で見られるので、後ろに下がらず前で見てほしいところです。
夏④:商宮律と神送り(8月下旬)
諏訪神社の例大祭に合わせて、8月下旬に「商宮律(しゃぎり)」のお囃子屋台が町を巡行します。京都祇園の流れをくむ民俗芸能で、町内には西区・南区・北区の3区の商宮律があります(出典:川西町観光交流協会)。
同じ8月下旬には「神送り」も行われます。疫病神や悪霊を追い払う行事で、置賜地方ではここだけに残っています。提灯行列が「ヨッセーヨッセーヨッセー」と唱えながら地区の境まで送っていきます(出典:川西町観光交流協会)。
屋台の笛太鼓と、提灯行列の掛け声。同じ日の町に、賑やかさと祈りが同居します。
秋:東北ダリヤ名花展(9月)
ダリヤ園の開園期間中、毎年9月ごろに園内で開かれる品評会です(出典:やまがた川西ダリヤ園)。栽培愛好家が育てた切花や鉢植えが並ぶ、ダリアだけを集めた珍しい展示会です。
主催は昭和29年に町の愛好者が集まって結成した「花の会」を母体とする川西町ダリヤ会。園そのものも、この会の栽培技術に支えられて昭和35年9月に開園しました(出典:同上)。
屋外の花壇では見られない、直径30センチ級の大輪がずらりと並びます。園内の花と展示の花を見比べると、育て手の腕がどれだけ効くかがよく分かりますよ。
川西町のエリア別の顔

川西町は、小松・大塚・犬川・中郡・玉庭・東沢・吉島の7地区に分かれています(出典:川西町ホームページ)。1955年に合併した旧町村がそのまま地区名になっているので、どのエリアにも小さな中心があります。旅する側から見ると、この7つは「町場」「田園」「丘陵」の3タイプに分けて考えると動きやすくなります。
小松エリア──宿場町の骨格が残る町の中心
役場、フレンドリープラザ、羽前小松駅、直売所、温泉。町の機能がここに集まっています。羽前小松駅は国内初の町民駅で、町内唯一の中学校や県立高校もこのエリアです。
旧道沿いには樽平酒造の蔵と錦屋の撞木造りが並び、宿場町だったころの骨格がそのまま読み取れます。車を置いて歩くのに向いた、町でいちばん密度の高い一帯です。散策と文学、そして買い物を1日で済ませたい人はここを拠点にどうぞ。
犬川エリア──丘のうえの古墳と里山
小松地区の北に位置し、下小松古墳群を抱えるエリアです。JR犬川駅があり、古墳群の山道は歩きやすく整備されていて、頂上からは置賜盆地を一望できます。
ここは歩く人向けです。丘に入ると急に音が減って、鳥と風だけになります。ヒメサユリの咲く初夏か、空気の澄む秋がおすすめですよ。
大塚エリア──フラワー長井線と病院のある北の玄関
置賜地域のほぼ中央にあたることから置賜公立総合病院が置かれ、毎日およそ2,000名が訪れます。長井市と南陽市に隣接する、町の北の玄関口です。
旅する側の目当ては、国の登録有形文化財である山形鉄道フラワー長井線の西大塚駅。木造駅舎とホームだけの、静かなエリアです。鉄道と建物が好きな人には、ここだけを目当てに来る価値があります。
中郡・東沢エリア──穀倉地帯と山の恵み
中郡地区は小松の東南にあり、県内でも名の通った大穀倉地帯です。川西町の水田面積4,300ha余のおよそ30%を占め、どこまでも田んぼが続く風景が広がります。
その南東に接する東沢地区は、一転して山に囲まれた地域。山菜、キノコ、栗と季節ごとの山の恵みがあり、平成3年度から東京都町田市との間で「東沢やんちゃ留学」という山村留学を続けています。
ドライブで通り抜けるだけでも、田園から山へ景色が切り替わる瞬間が味わえます。虚空蔵山展望台があるのも中郡側。田んぼの写真を撮りたい人はこのあたりへ。
玉庭エリア──積雪2mの丘陵と移住者の集まる里
町の南西、積雪深が2メートルを超える年もある豪雪地帯です。山々に囲まれた田園が四季ごとに表情を変えます。他県からの移住者が多く暮らし、移住者同士の交流会も行われているエリアです。
地区内には旧置賜農業高等学校玉庭分校を使ったふるさと総合センター(おもいで館)や、愛知大学創設者・本間喜一の生家があります。町の中心から車で30分弱。時間に余裕がある人が、いちばん奥まで行ってみたくなったときに向かう場所です。
吉島エリア──田園のまんなかの交流拠点
町の北東にあり、南陽市・高畠町・米沢市と接しています。基盤整備の整った田が広がり、広大な田園風景が楽しめるエリアです。
旅する側の拠点になるのが、旧第二中学校を使った川西町交流館「あいぱる」。アルカディア人物館と埋蔵文化財資料展示館があり、川西町観光交流協会の事務所もここに置かれています。町の歴史をひととおり頭に入れてから動きたい人は、最初にここへどうぞ。
川西町の気候・季節の暮らし

川西町は盆地性の気候で、夏は蒸し暑く冬は雪が積もります。町内に気象庁の観測地点がないため、隣接する米沢市のアメダスの平年値(1991〜2020年)を目安にすると、年平均気温は11.4℃、年降水量は1444.6mm、年間の降雪の深さの合計は711cmです(出典:気象庁)。数字だけ見ると身構えますが、四季の輪郭がはっきりしているぶん、暮らしのリズムは作りやすい土地なんですよ。
夏──7月〜8月の暮らし
いちばん暑いのは8月で、平均気温24.5℃、日最高気温の平年値は29.9℃です(出典:同上)。盆地なので、置賜地域では35度を超える日もあります(出典:山形県)。
ただ、朝は違います。水を張った田んぼの上を渡ってくる空気がひんやりしていて、6時台に外へ出ると半袖では少し肌寒いくらい。日中との落差が、この町の夏の特徴です。
7月下旬から8月下旬にかけては虫送り、夏まつり、獅子踊、商宮律と行事が続きます。夕方に涼しくなってから外に出る、という生活リズムに自然と切り替わっていきます。
秋──9月〜11月の暮らし
9月の平均気温は20.1℃、10月は13.5℃と、ひと月ごとにはっきり下がります(出典:気象庁)。稲刈りとダリアの見頃が重なる、町がいちばん賑やかな季節です。
朝晩の冷え込みと日中の日差しの差が、米にも果物にも効いてきます。刈り取りの終わった田んぼの向こうに、飯豊連峰の稜線がくっきり見えるようになります。
11月に入ると平均気温は7.1℃まで下がり、この月から降雪の平年値が7cm現れます(出典:同上)。この時期、住民の関心事はタイヤ交換に移ります。
冬──12月〜3月の暮らし
12月の降雪は146cm、1月は267cm、2月は196cm。最深積雪の平年値は2月の97cm、年間では103cmです(出典:気象庁)。1月の平均気温は-0.8℃、日最低気温の平年値は-4.4℃です。
町内でも差があります。西の玉庭地区は積雪深が2メートルを超える年もある豪雪地帯です(出典:川西町ホームページ)。平野部の小松や吉島とは、同じ町でも冬の重さが違います。
暮らしの前提になるのは、冬用タイヤと除雪です。朝、除雪車が通った後の道路脇に固い雪の壁ができるので、玄関前をもう一度自分でかき出すことになります。この10分が、置賜の冬の朝の定番です。
一方で、1月の日照時間の平年値は61.5時間。曇りの日が続くのは事実です(出典:同上)。だからこそ、晴れた日の雪面の反射がまぶしいくらいに明るく感じられるんですよ。
春──4月〜6月の暮らし
4月の平均気温は9.3℃、5月は15.6℃です。降雪は4月に8cm残るものの、5月にはゼロになります(出典:気象庁)。
4月は、町がいちばん動く月です。雪が消えた田んぼに水が入り、桜が咲き、吉里吉里忌に全国から人が集まります。冬のあいだ縮こまっていた町が、一気にほどけていく感じがします。
5月から6月にかけては、下小松古墳群の丘でヒメサユリが咲きます。田植えの終わった散居集落が水鏡になる時期でもあり、暮らしていると毎年この2か月が待ち遠しくなる、と考えられます。
川西町の移住・暮らし情報

川西町で暮らすということは、車を前提にした生活に切り替えるということです。ただ、置賜地域の中央という立地のおかげで、高度医療も新幹線駅も買い物も、車で20〜30分の圏内に収まっています。町は移住支援金や空き家バンク、奨学金返還支援まで用意していて、受け入れの姿勢はかなり具体的です。順に見ていきましょう。
通勤・通学
町内の主な勤め先は農業と、羽前小松駅近くにある三菱鉛筆の山形工場をはじめとする製造業、そして大塚地区の公立置賜総合病院です。同病院には毎日およそ2,000名が診察・勤務などで訪れています(出典:川西町ホームページ)。
町外に通う人の行き先は、米沢市と長井市、南陽市が中心と考えられます。中郡地区や東沢地区は米沢市にアクセスしやすい立地とされており(出典:同上)、車なら30分前後の距離感です。
通学は、町内唯一の中学校である川西町立川西中学校へ。2011年に3つの中学校が統合して開校しました(出典:川西町立川西中学校)。高校は町内の県立置賜農業高等学校のほか、米沢市や南陽市の高校へ通う生徒が多いと考えられます。
住宅環境
賃貸の家賃相場は、全間取り平均でおよそ5.5万円です(出典:アットホーム)。ただし掲載物件数が少ない町なので、これは参考値として見てください。間取り別の相場は算出できない状態です。
参考までに、同じ資料で近隣の米沢市は4.11万円、長井市は4.8万円、高畠町は4.7万円です(出典:同上)。賃貸の選択肢そのものは近隣の市のほうが厚い、というのが実情です。
そのぶん町が力を入れているのが空き家と持ち家です。町は「空き家バンク」を運営していて、成約や価格変更のたびに物件情報が更新されています(出典:川西町ホームページ)。
支援制度も具体的です。町内に住宅を取得した方への「定住住宅支援事業」、県の要件に該当するリフォーム工事への「住宅リフォーム支援事業」があります。東京23区からの移住者向けの「移住支援金事業」も用意されています(出典:川西町ホームページ 移住・定住ページ)。
買い物環境
日常の食材なら、中小松の直売所「かわにし森のマルシェ」が頼りになります。地元農家の米や野菜が毎朝入り、レストランも併設されています(出典:川西町ホームページ)。紅大豆をはじめとする豆の品ぞろえと、高豆蒄地区の伝統野菜「高豆蒄瓜」の粕漬けはここならではです。
大型店やロードサイド店でまとめ買いをするなら、車で20分ほどの米沢市や南陽市まで出るのが現実的な選択になると考えられます。週末にまとめて買い出し、というリズムになる人が多そうです。
甘いものに関しては、町内で完結します。寛政二年創業の錦屋をはじめ、宿場町時代からの菓子店が旧道沿いに残っていて、贈答の菓子を買うのに町外へ出る必要はありません。
子育て・教育
小学校は小松・大塚・犬川・中郡・吉島の各地区にあり、中学校は川西中学校の1校です(出典:川西町ホームページ)。町全体で1つの中学校なので、地区が違っても中学で顔がつながる構造になっています。
川西中学校の校歌は、町出身の井上ひさしが作詞したもの。校訓の「人らしき人」も、その校歌に託された言葉です(出典:川西町立川西中学校)。
特色ある取り組みとして、東沢地区では平成3年度から東京都町田市との間で山村留学「東沢やんちゃ留学」を続けています(出典:川西町ホームページ)。
教育面の支援では、県内高校等出身者やUターン希望の若者を対象にした「就職促進奨学金返還支援事業」があり、令和8年度の助成候補者募集も行われています(出典:川西町ホームページ 移住・定住ページ)。奨学金を抱えて戻ってくる若い人には、地味に効く制度なんですよ。
医療環境
この町の医療は、人口12,682人の町としてはかなり手厚い部類に入ります。大塚地区の公立置賜総合病院は、置賜地域の高度医療を担う拠点病院で、24時間体制の救命救急センターが併設されています(出典:公立置賜総合病院)。
この病院は2000年11月、長井市・南陽市・川西町・飯豊町の2市2町と県が協力して開院したもので、旧市町立病院はサテライト医療施設として役割を分担しています。
町内のサテライトが、上小松の公立置賜川西診療所です。総合診療科・内科・整形外科があり、初期診療や慢性期医療を担っています(出典:公立置賜総合病院)。日常はここ、急ぐときは総合病院へ、という導線です。
なお川西診療所は建物の老朽化が進んでおり、町は令和7年9月に施設整備の基本構想・基本計画をまとめて改築の検討を進めています(出典:川西町ホームページ)。
エリア別の暮らし視点
暮らす場所として選ぶなら、小松地区がいちばん無難です。役場、中学校、県立高校、直売所、温泉、診療所が徒歩から車5分の圏内に収まり、羽前小松駅も使えます。車を持たない期間があっても何とかなるのは、実質ここだけと考えられます。
大塚地区は、総合病院とフラワー長井線の西大塚駅がある北の玄関口。長井市・南陽市への通勤がしやすく、医療系の職場に通う人には動線が短くて済みます。
中郡・吉島地区は、田園のまんなかの暮らし。中郡地区は川西町の水田面積4,300ha余のおよそ30%を占め、吉島地区は南陽市・高畠町・米沢市と接しています(出典:川西町ホームページ)。車があるなら、通勤先の選択肢はむしろ広いエリアです。
玉庭・東沢地区は、覚悟が要ります。玉庭は積雪2メートル超の年もある豪雪地帯で、除雪は生活の一部です。ただ他県からの移住者が多く暮らし、移住者同士の交流会もあります(出典:同上)。雪と引き換えに、山の恵みと濃い人のつながりが手に入るエリアです。
川西町へのアクセス

川西町への基本ルートは、山形新幹線で米沢市まで入り、そこから車で20分前後というかたちです。東京から米沢までは山形新幹線で約2時間(出典:米沢市)。町内は米坂線とフラワー長井線が走っていますが、本数を考えると車が現実的です。
車でのアクセス
高速は東北中央自動車道を使います。町の中心にある川西町フレンドリープラザまでは、米沢北ICから国道287号経由で車で約15分、南陽高畠ICから約20分です(出典:やまがたへの旅(山形県公式観光サイト))。
やまがた川西ダリヤ園へは、米沢中央ICから車で25分、山形市からは車で約60分です(出典:やまがたへの旅(山形県公式観光サイト))。
冬は雪道になります。12月から3月は冬用タイヤが前提で、玉庭方面へ入るなら余裕を持った時間配分をおすすめします。
鉄道+バスでのアクセス
東京からは、東京-(山形新幹線 約2時間)-米沢が基本形です。仙台からなら、仙台-(東北新幹線 25分)-福島-(山形新幹線 30分)-米沢というルートになります(出典:米沢市)。
米沢駅からJR米坂線に乗り換えると、町の中心に最も近い羽前小松駅に着きます。駅から川西町フレンドリープラザまでは徒歩5分、川西ダリヤ園までは車で約5分です(出典:やまがたへの旅(山形県公式観光サイト)、同(川西ダリヤ園))。
注意点がひとつ。米坂線は大雨災害の影響で今泉駅〜坂町駅間が長期運休中で、代行バスによる輸送が行われています(出典:やまがたの鉄道の魅力発信ポータルサイト)。新潟方面から米坂線で乗り通すことはできないので、行程を組むときは気をつけてください。
町の北端には山形鉄道フラワー長井線の西大塚駅もあります。赤湯駅から乗り換えれば、木造駅舎の西大塚へ直接入れます。
飛行機でのアクセス
最寄りは山形空港(東根市)です。山形空港から米沢市内まではレンタカーで約1時間(出典:やまがたへの旅(山形県公式観光サイト))。そこからさらに川西町まで20分前後を見ておくと安心です。
正直に言うと、東京方面からは新幹線のほうが乗り換えが少なく、確実です。飛行機を使うのは、名古屋・大阪方面から来る場合の選択肢と考えるのが現実的だと思います。
町内移動の現実的アドバイス
町は東西に長く、見どころも丘の縁に散っています。レンタカーかマイカーがあるかどうかで、動ける範囲がまったく変わります。
鉄道で来るなら、羽前小松駅を拠点にするのが正解です。役場もフレンドリープラザも徒歩圏で、樽平酒造や錦屋のある旧道も歩けます。ちなみに羽前小松駅は、全国で初めての「町民駅」として知られています(出典:公立置賜総合病院)。
車がない場合は、川西町観光交流協会がタクシーとレンタサイクルの情報をまとめています。ダリヤ園と古墳群まで足を伸ばしたいなら、事前に確認しておくと当日が楽になりますよ。
交通手段ごとに見てきましたが、「結局いちばん安く行くにはどうすれば?」と迷う方も多いはず。飛行機で向かうなら、航空券は予約のタイミングや会社によって料金が大きく変わります。複数の航空会社・LCCをまとめて比較できるサイトで、いちど最安値をチェックしておくと安心ですよ。
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【地元住民に直撃!】川西町の本当の魅力を聞いてみた

Q1.あなたのご職業を教えてください。
米と紅大豆を作っています。この町の水田単作地帯で生まれて、今もそのまま田んぼに出ている、という感じですね。
紅大豆は昔から家で「赤豆」と呼んで細々と作ってきた豆です。それが町ぐるみの特産になって、今は自分の畑の柱の一つになりました。妙な縁だと思っています。
Q2.川西町に来て絶対行くべき場所はどこだと思いますか?
まずはダリヤ園です。川西町のおすすめスポットとしては一番有名ですし、10万本という数の力は行けば分かります。町の花ですから、我々にとっても看板ですね。
ただ地元の人間として推したいのは、下小松古墳群の丘です。ボランティアが整えた山道を登ると音が急に減って、鳥と風だけになる。振り返ると屋敷林に囲まれた散居集落が広がっていて、あれが川西町観光の本当の芯だと思います。
Q3.川西町でお土産を買うとしたらなんですか?
定番はやっぱり紅大豆です。川西町の有名なものといえばこれ。煮豆でも味噌でも菓子でも、赤い色がそのまま土産話になります。米沢牛も外れはないですね。
地元の人間が選ぶなら、旧道沿いの古い菓子屋の和菓子です。この町は街道の宿場で砂糖や小豆が集まった土地なので、菓子の水準が妙に高い。あとは直売所に並ぶ地物の豆と地酒。あれが一番喜ばれます。
Q4.外から人が来たときに、川西町でまず連れていく店はどこですか?
直売所ですね。毎朝、地元の農家が野菜を出しに来る場所です。豆の棚の前で「これ何」と聞かれるところから話が始まる。産地の顔がそのまま見えるので、説明が要りません。
その後は丘の上の温泉施設へ。花の季節なら眼下にダリヤ園が広がりますし、湯上がりに米沢牛のすじを煮込んだものを食べてもらう。それでだいたい、この町の輪郭は伝わります。
Q5.川西町はどんな気質だと思いますか?
初対面は控えめです。米沢藩の領内だった土地柄なのか、こちらから前に出ることはあまりしません。ただ一度懐に入ると、頼んでもいないことまで世話を焼きます。
あとは、自分たちで抱える気質ですね。古墳の遊歩道の整備も、獅子踊を中学生に伝えるのも、紅大豆の研究会も、全部住民の有志でやっている。町民センターや地区の集まりに顔を出すと、その顔ぶれがだいたい同じなんです。
Q6.昔に比べて、川西町の雰囲気や活気はどう変わったと感じますか?
正直に言えば、人は減りました。中学校は町で一つに統合されましたし、小学校も閉じたところがあります。子どもの声が遠くなった、というのが実感です。
ただ悲観ばかりでもありません。紅大豆は二十数年で町の看板になりましたし、玉庭のほうには他県から移った人が結構暮らしています。町長も交流には力を入れているようですし、川西町水源をたどる丘の風景そのものは、幸い昔のままです。
Q7.川西町のこれから新しくできる施設や、期待している活動などはありますか?
町の診療所は建物がだいぶ古くなっていて、建て替えの検討が進んでいると聞いています。医者が身近にあるかどうかは、ここで年を取る人間には一番大きい話です。
あとは若い人が戻ってくる仕組みですね。奨学金の返済を町が手伝う制度は、地味ですが効くと思います。運動公園でホッケーをやっていた子が、いつか田んぼに戻ってくる。そういう流れを作れたら、と本気で思っています。

