苫小牧の総鎮守・樽前山神社 ってどんなとこ?― 火の山を仰ぐ、開拓の地の守り神【地元民のリアルな声あり】

北海道苫小牧市の樽前山神社:**樽前山神社**は、北海道苫小牧市にある神社です。霊峰・樽前山を祀り、山林守護や商売繁盛、厄除けの御利益で親しまれています。
目次

はじめに

北海道苫小牧市。太平洋に面し、港と工業を軸に発展してきたこの街の高台に、樽前山神社(たるまえざんじんじゃ) は鎮座しています。

社名の由来となった樽前山は、いまも活動を続ける活火山として知られる山です。その秀麗な姿を前に、人々は古くからそこに神を見出し、山そのものを神とあおいできました。山岳への素朴な信仰から始まり、明治の世に郷社(ごうしゃ)として整えられ、やがて「苫小牧の総鎮守(そうちんじゅ)」として地域の歩みを見守ってきた――それが樽前山神社です。「総鎮守」とは、その土地全体を守る中心的な神社、という意味あいの言葉です。

この記事では、樽前山神社の歴史と御祭神(ごさいじん/おまつりされている神様)、境内の見どころ、そして苫小牧という街との結びつきを、できるだけ正確に、わかりやすくご紹介します。実はこの神社、過去の大火で古い資料の多くが失われており、その由緒(成り立ち)には今もはっきりしない点が残っています。本記事では「わかっていること」と「諸説あって断定できないこと」を区別しながら、ていねいにたどっていきます。


基本情報

まずは要点を一覧で押さえておきましょう。

項目内容
名称樽前山神社(たるまえざんじんじゃ)
鎮座地北海道苫小牧市字高丘6-49(〒053-0035)
御祭神大山津見神・久々能智神・鹿屋野比売神 の三柱
旧社格県社(のちに別表神社へ)
主なご祈願交通安全、家内安全、会社安全、安産、厄除け、病気平癒 など
例大祭7月14日〜16日
駐車場無料駐車場あり

「県社」「別表神社」といった耳慣れない言葉は、のちほど歴史の流れの中であらためて説明します。ここでは、樽前山という火の山を背負い、三柱(みはしら、神様を数える言い方)の神をまつる、苫小牧の中心的な神社――というイメージをつかんでいただければ十分です。


御神体・樽前山という火の山

樽前山神社を語るうえで欠かせないのが、その名のもととなった 樽前山(たるまえさん) そのものです。樽前山神社では、この山を御神体(ごしんたい、神様が宿るとされる対象)としてあおいできました。社殿の中に鏡や剣などの御神体を納める神社が多いなかで、「山そのものが神」という形は、自然崇拝の古いかたちを色濃く伝えています。

樽前山は、支笏湖(しこつこ)の南に位置する標高1,041メートルの活火山です。苫小牧市の北西部にそびえ、支笏洞爺国立公園に含まれる、北海道を代表する山のひとつでもあります。およそ9,000年前から火山活動を続けてきたとされ、江戸時代以降も数多くの噴火が記録されてきました。

この山の最大の特徴が、山頂に鎮座する独特の 溶岩ドーム(溶岩円頂丘〈えんちょうきゅう〉) です。これは、1909年(明治42年)の噴火の際、粘り気の強い溶岩が火口の外へあふれ出ず、ドーム状に盛り上がってできたもの。今も周辺では噴気や地熱が見られ、活火山であることを実感させます。この溶岩ドームは北海道の天然記念物に指定されており、その姿は支笏湖の湖畔などからも望むことができます。なお、活発な火山活動のため、ドームそのものへの立ち入りはできません。

「樽前」という名は、アイヌ語に由来するとされ、「川岸の高いところ」を意味する語が転じたものと伝えられています。また、かつては「燃える山」を意味する呼び名で呼ばれていたとも言われます。噴煙をあげる火の山を前に、人々が畏(おそ)れと敬いの念を抱き、そこに神を見出していった――その心のありようは、想像にかたくありません。樽前山神社の信仰は、まさにこの火の山への畏敬(いけい)から育まれてきたのです。


歴史と沿革 ― 火の山への信仰から、現在の社地まで

起源は山岳信仰に ― ただし、はっきりしないことも多い

樽前山神社のはじまりは、樽前山そのものへの信仰にさかのぼると伝えられています。日本では古くから、秀でた山を神の宿る聖域とみなし、ふもとに小さな社(やしろ)を設けて拝む文化がありました。樽前山もまさにそうした山であり、ふもとに神祠(しんし、小さな社)を設けて祀ったのが起こりとされています。

ただし、この「起こり」がいつのことなのかは、実ははっきりしません。前身の神祠が江戸時代からあったとする伝えや、ある手水鉢(ちょうずばち、参拝前に手を清める水盤)に残る古い年号をその証とする見方もありますが、後述する大火で当時の文書が失われているため、確かな裏づけは残っていないのです。創建(建てられた年)についても、明治のごく初期とする説が複数あり、資料によって年が異なります。本記事では、こうした点を無理に一つの年に決めつけず、「明治の初めごろに整えられていった」ものとして読み進めていきます。

明治8年 ― 三柱の神が定められ、郷社として

比較的はっきりしているのが、明治8年(1875年) という節目です。この年の5月、内務省(当時の役所)の通達によって、樽前山神社は「郷社」と定められました。郷社とは、明治期に設けられた神社の格付け(社格)のひとつで、地域の中心的な神社に与えられた位置づけです。

伝えによれば、このとき明治天皇の勅命(ちょくめい、天皇の命令)により、大山津見神(おおやまつみのかみ)・久々能智神(くくのちのかみ)・鹿屋野比売神(かやのひめのかみ) の三柱の神が祭神として定められ、山のふもとから町の中心地へとお遷(うつ)しして、この地の総鎮守郷社としてまつられたとされています。

なお、古い由緒書のなかには、樽前山神社が周辺の複数の郡(こおり)にわたる総鎮守であったとする記述も見られます。しかし『苫小牧市史』はこの点について、近隣の郡の郷社は別の神社(稲荷神社)であったとして、これを誤りと指摘しています。そのため本記事でも、広域の「総鎮守」とは記さず、苫小牧の総鎮守として親しまれてきた神社、という形でご紹介します。

度重なる移転 ― 大火、そして再建の歴史

樽前山神社の歩みには、災害とそこからの再建が深く刻まれています。

大正10年(1921年)、苫小牧の街を「鯉のぼり大火」と呼ばれる大きな火災が襲いました。この火災によって、神社に伝わっていた古い証拠文書がことごとく焼失してしまいます。先ほど「由緒に不明な点が多い」と述べたのは、この大火が大きな理由です。歴史をたどるうえでの資料そのものが失われてしまったわけです。

大火ののち、神社は矢代町(やしろちょう)の社地へ移って再建(再造営)され、大正12年(1923年)11月 には正遷宮式(しょうせんぐうしき、神様を新しい社殿にお遷しする儀式)が執り行われました。

その後、昭和11年(1936年) には県社(けんしゃ)に昇格します。県社は、先ほどの郷社よりもさらに上位にあたる社格で、地域を代表する神社としての位置づけが一段と高まったことを示します。

時代は下り、昭和50年(1975年)、樽前山神社は鎮座100年(この地にまつられて100年)という大きな節目を迎えました。これを機に、現在の高丘(たかおか)への移転計画が立てられます。昭和61年(1986年) には「別表神社(べっぴょうじんじゃ)」に列せられました。別表神社とは、戦後、全国の神社を包括する神社本庁が、特に由緒ある神社を「別表」に掲げて区別したもので、樽前山神社は北海道内で6番目にこれに加えられたと伝えられています。

そして高丘への遷座(せんざ、神様をお遷しすること)が具体化していきます。平成3年(1991年) には3月15日に地鎮祭、10月8日に本殿の上棟式(じょうとうしき)が営まれ、翌 平成4年(1992年)7月14日、矢代町の旧社殿から高丘(薪炭ビリン山〈しんたんビリンやま〉と呼ばれた地)の新社殿へと神体がお遷しされ、現在の社地に鎮座することとなりました。

火の山への信仰に始まり、大火による資料の喪失を経て、幾度もの再建と移転を重ねながら今日に至る――。樽前山神社の歴史は、苫小牧という街が災害を乗り越え、歩みを重ねてきた姿とも、どこか重なって見えます。


御祭神とご利益 ― 山・木・草、自然をつかさどる三柱の神

大山津見神・久々能智神・鹿屋野比売神

樽前山神社にまつられているのは、次の三柱の神です。

  • 大山津見神(おおやまつみのかみ) ― 山を司る神(山霊)
  • 久々能智神(くくのちのかみ) ― 木々を司る神(木霊)
  • 鹿屋野比売神(かやのひめのかみ) ― 草・原野を司る神(草霊)

いずれも、日本の国土を生んだとされる伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)の二神が、国土を生成されたのちにお生みになった神々とされています。つまり、山・木・草という自然そのものを神格化した神々が、ひとつの神社に並んでまつられているのです。

少し補足しておくと、これらの神名は文献によって漢字の表記が異なることがあります(一般に、大山津見神は「大山祇神」などとも書かれます)。本記事では、神社が現在用いている表記に統一してご紹介しています。なお、山を司る大山津見神は、一般に全国で広くまつられる代表的な山の神として知られており、各地の神社で信仰を集めています。樽前山という火の山を背負うこの地に、その神がまつられていることには、自然な必然を感じさせます。

火の山と森の恵みを束ねる神々

樽前山神社の御祭神の顔ぶれは、この神社の立地と性格をよく物語っています。御神体である樽前山は山であり、その裾野には森や原野が広がります。山を司る神、木を司る神、草・原野を司る神――まさに山とその周囲の自然を、まるごと束ねるような構成になっているわけです。

開拓によって切り拓かれてきた北の大地において、山の恵み、木々の恵み、草原の恵みは、人々の暮らしや産業を支える根本でした。自然の力に感謝し、その安寧を祈る――そうした素朴で力強い祈りが、この三柱の神への信仰の根底にあると考えてよいでしょう。

授かるご利益とご祈願

樽前山神社では、人生の節目や暮らしのさまざまな場面に応じた御祈願(ごきがん)が受けられます。神社で案内されているものとしては、安産祈願・初宮詣(はつみやもうで)・七五三詣 といった人生儀礼のほか、厄年祓(やくどしばらい)、車のお祓いや交通安全祈願、家内安全、会社安全、病気平癒 などがあります。神前結婚式の奉仕も行われています。

これらを見ると、個人の暮らしから会社・事業の安全まで、地域の人々の生活に幅広く寄り添ってきた神社であることがうかがえます。なお、ご祈願の初穂料(はつほりょう、納める金額)やお守り・授与品の詳細は、内容や時期によって異なります。確かな情報は、参拝前に公式サイトや社務所(しゃむしょ)でご確認ください。


境内・奥宮・末社の見どころ

大鳥居と本宮

高丘の社地を訪れると、まず大きな鳥居が参拝者を迎えてくれます。鳥居は、その先が神様のおられる神域であることを示す入り口です。ここで一礼してくぐり、参道を進んだ先に、神様をおまつりする本宮(本殿・拝殿)があります。落ち着いた佇まいの社殿で、静かに手を合わせるひとときは、訪れる人の心をすっと整えてくれます。

社地のある「高丘」という地名そのものが示すように、神社は一段高い土地に位置しています。背後には樽前山へと続く森の丘陵地が広がり、街なかにありながら自然の気配を身近に感じられるのも、この神社の魅力のひとつです。

樽前山山頂の「奥宮」

樽前山神社を語るうえで欠かせないのが、奥宮(おくみや) の存在です。奥宮とは、本社とは別に、ゆかりの深い場所――多くは山上――に設けられる社のこと。樽前山神社の奥宮は、その名のとおり 樽前山の山頂 に鎮座しています。御神体である山の頂に社があるというのは、この神社が山そのものへの信仰に根ざしていることを、何よりよく表しています。

奥宮の社殿は、昭和3年(1928年)に御大典(ごたいてん、天皇即位の儀礼)を記念して木造で造営され、のちの昭和27年(1952年)8月10日にコンクリート造へと造り替えられて、現在に受け継がれています。

毎年、6月の第2日曜日には「山開き祭」、10月の第1日曜日には「山納めの祭」 が営まれ、多くの登山者が参列するなか、街の発展や人々の幸せ、山の平穏、そして登山者の安全が祈られます。山を仰ぐ信仰が、今も登山という形で生き続けている――それを実感できる行事です。

末社 ― 稲荷社・天満社・聖徳神社

本宮のまわりには、いくつかの末社(まっしゃ、本社に付属する小さな社)がまつられています。

  • 稲荷社 ― 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)をおまつりする社です。稲荷の神は、一般に商売繁盛や五穀豊穣の神として広く親しまれています。
  • 天満社(てんまんしゃ) ― 菅原道真公(すがわらのみちざねこう)をおまつりする社です。道真公は、一般に学問の神として知られ、合格祈願などで信仰を集めています。
  • 聖徳神社(しょうとくじんじゃ) ― 聖徳太子(しょうとくたいし)をおまつりする社です。その起こりは昭和2年(1927年)に幸町(さいわいちょう)に建てられた太子堂にさかのぼり、平成8年(1996年)に高丘の樽前山神社の敷地内へ移されました。

このほか境内には、「かえるさん」「布袋(ほてい)さん」と親しまれる像もあり、ひとつひとつをたどって歩くのも参拝の楽しみのひとつです。山の神を中心に、さまざまな神々が寄り添うこの境内は、地域の人々の多様な祈りを受けとめてきた場所だといえるでしょう。


苫小牧の総鎮守としての歩み

港と工業の街・苫小牧

樽前山神社を理解するには、苫小牧という街そのものに目を向けると、その姿がいっそうくっきりと見えてきます。

苫小牧は、太平洋に面した北海道有数の港湾・工業都市です。海に開かれ、産業とともに発展してきたこの街では、人々の暮らしも仕事も、海や自然と切り離せません。そうした土地にあって、樽前山神社は長く「苫小牧の総鎮守」として、地域の節目や日々の安寧を祈る中心的な役割を担ってきました。

「総鎮守」という役割

総鎮守とは、その地域全体を守る代表的な神社のこと。家庭の安全から、会社・事業の繁栄、工事の安全まで――個人の祈りも、街を支える生業(なりわい)の祈りも、ひとつの神社が受けとめてきたことになります。

これは、樽前山神社が現在も数多くの御祈願や出張祭典(しゅっちょうさいてん、神職が現地へ出向いて行う祭り)を引き受けていることからもうかがえます。地鎮祭(じちんさい、建築の起工にあたっての祭り)や上棟祭、新築や開店にあたってのお祓いなど、街がつくられ、商いが営まれていく現場のひとつひとつに、神社が寄り添ってきたのです。

港町らしい祭り ― 海と船にまつわる祈り

とりわけ印象的なのが、苫小牧という港町ならではの祭典が受け継がれている点です。

たとえば出張祭典のなかには、造船の起工式や進水式(しんすいしき、新しい船を初めて水に浮かべる儀礼)、船玉祭(ふなだままつり、船を守る神をまつる祭り) といった、海と船にまつわるものが並びます。これは、海とともに生きてきた街ならではの祈りのかたちです。

そして後で触れる例大祭でも、最終日には御神輿(おみこし)が海へと向かう「海上渡御(かいじょうとぎょ)」が行われます。神様が海上をめぐり、海の安全と街の繁栄を祈るこの神事は、内陸の神社では見られない、港町・苫小牧の総鎮守ならではの光景といえるでしょう。山の神をまつりながら、海の祈りも担う――この二面性こそ、樽前山神社が苫小牧に深く根ざしてきたことの証なのです。


例大祭と年中行事

夏の例大祭(7月14日〜16日)

一年のうちで最も大きな祭りが、夏に行われる 例大祭(れいたいさい) です。例大祭とは、その神社で最も重要とされる年に一度の大祭のこと。樽前山神社の例大祭は、7月14日から16日 にかけて、三日間にわたって営まれます。

  • 7月14日 宵宮祭(よいみやさい) ― 子供神輿への入魂や、宵の神輿渡御、神賑(しんしん)行事などでにぎわいます。
  • 7月15日 本祭(ほんさい) ― 祭りの中心となる日。例大祭の神事と神賑行事が行われます。
  • 7月16日 後日祭(ごじつさい) ― 神幸祭(しんこうさい)と、前述の海上渡御が行われます。

神輿が街をめぐり、海へと渡るこの三日間は、苫小牧の夏を代表する行事として、多くの人でにぎわいます。

山と季節をめぐる祭事

樽前山神社では、例大祭のほかにも、一年を通じてさまざまな祭事が営まれています。先に紹介した、樽前山の 山開き祭(6月第2日曜)山納めの祭(10月第1日曜) は、山を御神体とするこの神社らしい、季節の節目の行事です。

このほか、一般に神社では、年の初めの歳旦祭(さいたんさい)、節分の節分祭、その年の実りを祈る祈年祭(きねんさい)、収穫に感謝する新嘗祭(にいなめさい)、半年の罪穢れを祓う大祓(おおはらえ)など、季節ごとの祭りが連綿と続きます。樽前山神社でもこうした祭事が年間を通して行われており、地域の暮らしの節目に、静かに寄り添い続けています。


参拝の作法・楽しみ方

はじめて神社を訪れる方のために、一般的な参拝の作法を簡単にご案内します(これは神道で広く行われている一般的な作法で、特定の神社だけのものではありません)。

まず、鳥居をくぐる前に軽く一礼します。参道は中央が神様の通る道とされるため、端を歩くのがよいとされています。手水舎(てみずや)があれば、ひしゃくで水をすくい、左手・右手の順に清め、口をすすぎ、最後に柄(え)を洗い流して、心身を整えます。

拝殿の前では、賽銭(さいせん)を静かに納め、鈴があれば鳴らし、「二礼二拍手一礼(にれい・にはくしゅ・いちれい)」――二度深くお辞儀をし、二回手を打ち、願いを込めて、最後にもう一度お辞儀をする――の作法でお参りするのが一般的です。

樽前山神社では、本宮にお参りしたあと、稲荷社や天満社、聖徳神社といった末社を順にめぐったり、「かえるさん」「布袋さん」を探して歩いたりと、境内をゆっくり味わうのもおすすめです。高丘の落ち着いた空気のなかで、自然と神々に静かに手を合わせる時間は、きっと心に残るひとときになるはずです。


アクセス・参拝情報

所在地
〒053-0035 北海道苫小牧市字高丘6-49

バスでお越しの場合
「苫小牧工業高校」停留所より徒歩約3分。

お車でお越しの場合
苫小牧中央インターチェンジから約3〜4分。無料駐車場 が用意されています。

御祈願や出張祭典の受付、初穂料、お守りなどの授与品の詳細、当日の受付時間については、内容や時期によって変わります。お参りやご祈願を予定されている場合は、事前に公式サイトを確認するか、社務所(電話あり)へ問い合わせておくと安心です。


おわりに

樽前山神社は、火の山・樽前山への信仰に始まり、明治の郷社化、大火からの再建、そして現在の高丘への遷座へと、幾多の歩みを重ねてきた、苫小牧の総鎮守です。山・木・草という自然を司る三柱の神をまつり、山頂の奥宮から海上渡御まで、山と海の両方に祈りを捧げてきたその姿は、港と自然に支えられた苫小牧という街そのものを映し出しています。

苫小牧を訪れる方はもちろん、北海道の開拓の歴史や、土地に根ざした信仰のかたちに関心のある方にとっても、足を運ぶ価値のある神社です。資料が失われ、なお謎を残す由緒も含めて、この街と歩んできた神社の物語を、ぜひ現地で感じてみてください。

実際に筆者の八田が樽前山神社に行ってきました

私は月に一度くらい、樽前山神社に足を運びます。とくに用事があるわけでもなく、ただあの場所の雰囲気が好きで、気づくと向かっているんです。

鳥居の前で一礼して、一歩、足を踏み入れる。その瞬間の空気の変わり方が、何ともいえず好きなんですよね。社殿へと続くあの参道の空間が、凛として、背筋がすっと伸びるような感じがする。行ったことのある方ならわかってもらえると思うのですが、とにかくクリーンというか、よけいなものがそぎ落とされた清々しさがあるんです。

正直なところ、私は無宗教です。熱心に神様を信じているわけでもありません。それでも、この神社のことは大好きで。静かに手を合わせて立っていると、頭の中がすっと整理されて、また少し前を向ける気がする。理屈ではなく、ただ「ここが好きだ」と思える場所が暮らしのそばにあるのは、しあわせなことだなと思います。

鳥居をくぐると、左側に手水舎(てみずや)があります。ここはいつ訪れても、季節のお花がきれいに並べられていて、人の手がきちんと入っているのが伝わってくるんです。こういう何気ないところに気持ちがこもっている神社は、それだけで信頼できる気がします。

手を洗い、口をすすぐ。気のせいかもしれませんが、ここの水はどこか甘いような気がするんですよね。これはもう、僕だけの感覚なのかもしれませんが。作法に絶対の自信があるわけではありません。でも、所作のひとつひとつを、気持ちだけはしっかりと礼儀正しく——そう心がけながら、ていねいに手を清めます。

身も心もすっと整ったところで、いよいよ社殿へと進んでみましょう。

樽前山神社は敷地がゆったりと広いせいか、駐車場にそれなりの台数の車が停まっていても、不思議と「空いているな」という印象を受けます。境内に出てしまえば人の気配はまばらで、それぞれが思い思いのペースで参拝している。だからこそ、人の入らないタイミングを見計らって、ゆっくり写真を撮ることも案外かんたんにできるんです。

静かな社殿や参道を、誰にも邪魔されずにカメラに収められる——これも、この神社の何気ないけれど嬉しいところだと思います。

ただし、初詣のときばかりは話が別です。お正月には驚くほど多くの人が訪れて、長い列ができます。普段は静かなあの階段が、上から下まで参拝者でびっしりと埋まってしまうほど。いつもの凛とした静けさとはまるで別の顔ですが、これはこれで、地域の人たちにとってこの神社がどれだけ大切な場所なのかが伝わってきて、見ているこちらまで温かい気持ちになります。

社殿の前に立ったら、鈴緒(すずお)を引いて本坪鈴(ほんつぼすず)を鳴らします。澄んだ音が境内に響くと、それだけで気持ちがすっと切り替わるから不思議です。そうして「二礼二拍手一礼」——二度深くお辞儀をし、二度手を打ち、最後にもう一度頭を下げて、参拝します。

気持ちの問題なのかもしれません。それでも僕は、ここで手を合わせたあとはいつも、心が静かに落ち着いて、いつのまにか頭痛や肩こりまで軽くなっているような感じを覚えるんです。理屈で説明できることではないし、たぶん人に勧められるようなことでもないのですが、自分にとってはそれが本当のところで。だからこそ、また月が変わるとこの場所に足が向くのだと思います。

社殿への参拝を終えたら、そのまま左のほうへ進んでみます。すると「圓満磊(えんまんいし)」と呼ばれる霊石があります。パワースポットとして親しまれているもので、「世界の円満と発展」といった願いが込められているのだそうです。手のひらでそっと触れて、世界のことなんて大きな願いを、ほんの少し自分ごととして思い浮かべてみる——そんな時間も、なんだか悪くないものです。

実は僕、樽前山神社に来ると、賽銭箱のある場所はぜんぶ周ると決めているんです。社殿はもちろん、稲荷社や天満社といった末社のひとつひとつ、そしてこの圓満磊まで。順番に手を合わせて回っていくと、境内をぐるりと一周することになって、最後にはなんだか心の隅々まで掃除できたような、すっきりした気持ちになるんですよね。無宗教の僕にとっては、これはお祈りというより、自分を整えるための小さな儀式みたいなものなのかもしれません。

さらに奥へ進むと、稲荷大明神があります。ここは、会社を営んでいる僕にとっては、とくに大事に感じる場所です。お稲荷さんは商売繁盛・事業繁栄のご利益があるとされていて、そう聞くと、自然と手を合わせる気持ちにも力がこもります。

聞くところによれば、ここには地元で会社を経営されている方や、勤め人の方も多く参られるそうです。同じように仕事の無事や商いの繁盛を願う人たちが、日々この同じ場所で頭を下げているのだと思うと、なんだか心強い気持ちになります。神頼みといえばそれまでですが、一年の節目や、ここぞという仕事の前に、こうして手を合わせられる場所があるのは、経営者にとってちょっとした支えなんですよね。

次に向かうのは、奥宮遥拝所(おくみやようはいじょ)です。少し説明をすると、樽前山神社はもともと、活火山である樽前山そのものを神様(御神体)として仰いできた神社です。だからこそ、樽前山の頂上には「奥宮」が鎮座しているのだそうです。

残念ながら、僕はまだその奥宮まで登ったことはありません。でも、山に登らなくてもお参りができるように、ここには遥拝所——遠くから拝むための場所——が設けられています。これが、本当に助かるんですよね。頂上の神様に向かって、ふもとから静かに手を合わせる。そういう祈りのかたちが用意されているのは、ありがたいことだなと思います。

そしてこの遥拝所、実は僕にとってもうひとつの楽しみがあります。ここに来ると、時おり鹿の群れに出会えるんです。すぐ奥のほうに目をやると、鹿の家族がそっとたたずんでいる。これまでで最も多いときには、13頭もの鹿を一度に見たことがあります。山の神様にお参りに来て、その山に棲む生き物たちにまで出会える——これまた、ありがたいことこの上ないと思いませんか?きっとここに参拝に来る方は結構な頻度で鹿を目にしていると思います。

いよいよ終盤、天満宮です。ここで僕がいちばん好きなのが「御神牛(ごしんぎゅう)」です。理由は自分でもよくわからないのですが、とにかくかわいくて(不謹慎だったらすみません)、来るたびについ撫でてしまいます。

この牛様、なぜ天満宮に牛がいるのかには諸説あるのですが、よく語られるものとして、こんな言い伝えがあります。

  • 菅原道真公が生まれたのが「丑(うし)年」の「丑の月」「丑の日」だったから。
  • 大宰府へ左遷される際、道真公を乗せた牛が、別れを悲しんで動かなくなったから。
  • 道真公が亡くなったとき、「自分の亡骸を牛にひかせ、牛が止まった場所に葬ってほしい」と遺言を残し、その牛が座り込んで動かなくなった場所が、現在の太宰府天満宮になったから。

菅原道真公は学問の神さまですから、天満宮といえば学業成就や合格祈願で知られています。ただ、僕がこの御神牛にお参りするのは、どちらかというと身体健全・病気平癒のほうが本筋なんです。自分の体の悪いところを触ってから、牛の同じ場所を撫でると、そこがよくなる——そんな言い伝えを聞いたことがあって。効くかどうかは、正直わかりません。それでも、肩が凝っていれば牛の肩を、頭が痛ければ牛の頭を、毎回そっと撫でて帰る。そういう小さなならわしが、僕にとってのこの神社の楽しみのひとつになっています。

——などなど。どれが本当かはわかりませんが、こうした物語が重なって、牛は天神さまの使いとして親しまれてきたようです。

天満宮自体は、もともとは亡くなった道真公の強力な魂を鎮めるために建てられた神社ですが、時代が経つにつれて、人々の「学び」や「暮らし」を優しく応援してくれる身近な神様として親しまれるようになったようです。菅原道真公を祭っている神社は全国に1万社あるという噂も・・・。

天満宮にお参りするとき、僕にはひとつ決まった習慣があります。両側に控える狛犬(こまいぬ)に、毎回そっと話しかけるんです。「おげんきですか?」とか「今日は天気がいいですね」とか。他愛もないことばかりですが(笑)、こうしてひと声かけると、なんだか古い友人に挨拶しているような、温かい気持ちになるんですよね。

この狛犬、大正9年(1920年)に奉納されたものだそうで、もう100年以上を過ごしてきたことになります。だから石肌には風化のあとが見てとれるのですが、その古び方さえ、僕にはなんだかありがたく思えるんです。長いあいだ、雨の日も雪の日も、変わらずここで参拝者を見守ってきたのだなと。特に北海道の冬は厳しいですからね。

ちなみに狛犬は、仁王像と同じく「阿吽(あうん)」のかたちをしています。片方は口を開いた「阿(あ)」、もう片方は口を結んだ「吽(うん)」。これは一般に、宇宙の始まりと終わりを表すとも、二人の息がぴったり合う「阿吽の呼吸」を表すとも言われます。左右で対になって、ものごとの初めと終わり、そのすべてを引き受けて立っている——そう思って眺めると、味わい深いものがあります。

赤い前掛けをしているのもまた、なんともかわいらしいのですが、この前掛け、ときどき替えられているんです。そういうさりげない手入れのあとに気づくたびに、ああ、この神社はちゃんと人の手で大切に守られているのだなと、あらためてとても気持ちが良くなるんです。

一通り参拝を終えたら恒例のおみくじへ。

参拝をひととおり終えたら、最後の楽しみが待っています。お守りの授与所のあたりに、いくつかおみくじが置かれているのですが、僕が毎回引くのは決まって「七福神福よせおみくじ」です。

……はい、正直に白状します。集めています。すでに全種類そろっているのですが、それでも来るたびに引いてしまって、気づけばたぶん100個以上。引いたその日の運勢うんぬんよりも、なかに入っている小さな七福神の縁起物に毎回わくわくしてしまうんですよね。同じものが出ても、それはそれで嬉しい。我が家には、樽前山神社に通った月日のぶんだけ、小さな福が少しずつ積もっていっているわけです。

こうしておみくじを引いて、境内をぐるりと一周し終えると、毎度のことながら、来たときよりも少しだけ身も心も軽くなっている自分に気づきます。月に一度(もしくは二度、いや三度?)の、僕なりのささやかな「整え」の時間。だからきっと、また次の月も、僕はあの鳥居の前で一礼して、足を踏み入れているのだと思います。

今回引いたのは「当り矢(あたりや)」でした。たしか、願い事が叶う、好機を逃さずしっかりと掴み取る——そんな意味だったと思います。縁起のいい矢が出てくれて、なんだか今月はいいことがありそうな、そんな気分になります。とはいえ、どれを引いてもうれしくなってしまうのが、このおみくじのいいところなんですけどね。

さて、肝心のおみくじの中身——その日の運勢のほうはというと……。

……写真が雑なのはすみません。手に持って撮ったうえに、その日は風がそれなりに強くて(と、しっかり言い訳しておきます)。

結果は「吉」でした。書かれていたのは、しゃしゃり出るとよくない、控えめにしていれば運気が上がっていく——というような内容です。なるほどなあ、と妙に納得してしまいました。前に出たい気持ちをぐっとこらえて、一歩引いて控えめに。言われてみれば、なかなか耳の痛いところでもあります。でも、こういうお告げは下手に逆らわず、素直に受け取るのがいちばんだと思っているので、今月はその言葉を胸に、控えめに過ごしてみようと思います。

こうして毎月、おみくじの言葉をひとつ持ち帰っては、それを小さな指針にして過ごす。大げさな信仰心があるわけではないけれど、月に一度こうして自分を立ち止まらせ、整えてくれる場所がある——僕にとっての樽前山神社は、きっとそういう存在なのだと思います。

これで私のいつものコースは終了ですが、ここには他にもいろいろあるのでお伝えしておきますね。

こちら「がんかけ かえる様」です。「無事かえる」「若がえる」「失くしたものがかえる」というこういったことがありますようにという願いを込めるものです。カエルの像にお水を掛けたり撫でたりして参拝します。

言わずと知れた「布袋さま」です。七福神の一柱です。「夫婦円満・子宝」「財運・金運アップ」「千客万来(商売繁盛)」などのご利益があるといわれています。

布袋さまの大きくて丸いお腹を撫でると、その大らかなパワーにあやかって幸福が訪れるといわれてますよ。私今日撫でるの忘れました・・・

さらに敷地内駐車場の反対側に「聖徳神社」があります。その名の通り歴史上の偉人である聖徳太子(しょうとくたいし)を神様としてお祀りしているお社です。「建築・土木・大工の守護神」「学業成就・国家安泰」のご利益があるとされています。

この石碑は、苫小牧の職人さんたちが仕事の安全や技術の向上、業界の発展を聖徳太子に祈願し、それを記念して境内に奉納したものらしいです。100年以上前に奉納されたということですが、もともと別の場所にあったものを平成8年(1996年)に現在の樽前山神社の境内へと移されてきたようです。パワー感じました。

終わりに

いかがだったでしょうか。こうしてただ境内をぐるりと一周しながら、思いつくままに皆さんへお伝えしてきたような格好になりましたが、これがいつもの僕の流れです。特別なことは何ひとつしていません。それでも、月に一度この道のりをたどるだけで、不思議と心が整っていくんですよね。

もし機会があれば、皆さんもぜひ一度、樽前山神社へ足を運んでみてください。あの凛とした参道の空気は、きっと言葉で読むより、実際に立ってみたほうがずっとよく伝わるはずですから。

……と、ここまで語っておきながら、肝心の御朱印をいただくのをすっかり忘れてきてしまいました(笑)。なので最後に、以前いただいた令和5年の御朱印を載せておきます。それではまた、来月の参拝で。

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