| 人口 | 2,454 人 ※2026年3月31日時点(住民基本台帳) |
|---|---|
| 面積 | 55.95 km² |
| 人口密度 | 43.9 人/km² |
みなさん、歌志内市(うたしないし)って知ってますか?北海道のほぼ真ん中、空知総合振興局管内に位置する、全国792市の中で人口が一番少ない「日本一小さな市」なんです。かつては年間生産量約70万トンを誇る石炭の街として栄え、ピーク時の1948年には約46,000人もの人が暮らしていました。それが今では2,454人。約20分の1にまで減ったってわけなんですよ。
とはいえ、ただ寂れた街かというと、これがぜんぜん違うんですわ。馬の腸を味噌で煮込んだ郷土料理「なんこ鍋」、北海道で唯一開催される「歌志内なまはげ祭り」、倉本聰の名作ドラマ『昨日、悲別で』のロケ地「悲別ロマン座」など、ここでしか味わえないものがギュッと詰まっています。市域は東を芦別市、西を砂川市、南を空知郡上砂川町、北を赤平市に囲まれ、ペンケウタシュナイ川が市街地を貫流する山あいの街。札幌からも車で約1時間半とアクセスもまずまずで、訪れる人にも、ゆったり暮らしたい人にも、いろんな顔を見せてくれる場所なんです。
歌志内市の推しポイント
日本一人口の少ない「市」という肩書き
歌志内市といえば、なんといってもコレ。2026年3月時点で人口2,454人と、全国の市の中で堂々の最少人口なんですよ。なんと北海道の町制施行基準である5,000人すら下回っていて、2021年3月にはついに3,000人も割り込みました。でも、市から町に変えるのもお金がかかるってことで、今も「市」のまま。なまら(とても)レアな存在なんですわ。
炭鉱の記憶が街中に残る「ヤマのまち」
明治23年に空知炭鉱が開坑して以来、約100年にわたって石炭で栄えた街。今でも当時の炭鉱住宅や坑口の跡、産業遺産が街のあちこちに残っています。郷土館「ゆめつむぎ」に行けば、採炭機材や炭鉱で働く人々の暮らしぶりがまるごと見られて、したっけ(それじゃあ)昭和にタイムスリップした気分になれるんです。
馬の腸を味噌で煮込む郷土料理「なんこ鍋」
歌志内のソウルフードといえば、なんといっても「なんこ鍋」。「なんこ」とは馬の腸のこと。秋田の鉱山労働者が炭鉱とともに持ち込んだスタミナ食で、今でも盆や正月、親戚が集まるときには欠かせない一品。プリッとした食感と味噌の濃いコクが、なまら(すごく)クセになるんですよ。
倉本聰ドラマ『昨日、悲別で』の聖地「悲別ロマン座」
1984年に放送された倉本聰脚本の名作ドラマ『昨日、悲別で』。その舞台となった「悲別ロマン座」は、もともと炭鉱従業員の福利厚生施設だった「旧上歌砿会館」を改修したもの。三角屋根の素朴な外観が、今もファンを呼び寄せる聖地となっています。
北海道で唯一の「なまはげ祭り」
毎年2月第1日曜日に開催される「歌志内なまはげ祭り」。秋田の男鹿半島で有名な「なまはげ」が、なんと北海道の歌志内で見られるんです。これは東北出身の炭鉱夫が多かった歴史から生まれた独自の風習で、北海道内でなまはげが見られるのはここ歌志内だけ。子どもは大泣き、親は大爆笑、っていう冬の風物詩ですよ。
歌志内市の歴史
アイヌの狩猟の地から、石炭の街へ
歌志内市の歴史は、アイヌの人々の居住・狩猟の地から始まります。市のシンボルである神威岳の名前も、アイヌ語の「カムイヌプリ(熊や狼など野獣の多い山)」が由来。地名の「歌志内」自体も、市内を流れるペンケウタシュナイ川の「オタシナイ」の音から取られたものなんです。さて、1831年(天保2年)には松前藩のイシカリ場所となり、明治維新を経て1890年(明治23年)に奈江村(現・砂川市)が分離新設、これが歌志内の開基とされています。同年には北海道炭礦鉄道空知採炭所(空知炭鉱)が開坑し、石炭の街としての歴史がスタートしました。
炭鉱で湧いた最盛期、人口4万6千人の時代
1891年(明治24年)に北海道炭礦鉄道が開通し、歌志内駅が開業。その後も神威炭鉱、住友奔別炭鉱(後の新歌志内炭鉱)など次々と炭鉱が開かれ、街は一気に賑わいます。大正時代には人口2万人を突破、1940年(昭和15年)に町制施行で「歌志内町」となり、戦後の1948年(昭和23年)7月にはついに人口のピーク46,171人を記録。空知地方有数の炭鉱都市として、商店街も劇場もキラキラしていたんですよ。なんと当時、歌志内には錦座、大正座、神威松竹座など映画館だけで5軒もあったというから、その賑わいぶりが想像できますよね。1958年(昭和33年)7月1日に市制施行され、「歌志内市」が誕生しました。
エネルギー革命と急激な衰退
ところが昭和40年代に入ると、石油への転換、いわゆるエネルギー革命によって炭鉱は次々と閉山。1971年(昭和46年)に住友石炭鉱業歌志内鉱業所が閉山、1988年(昭和63年)には上歌志内鉱業所が閉山すると同時に歌志内線も廃止。1995年(平成7年)に最後の空知炭鉱が閉山し、空知炭田群の炭山は完全に消滅しました。人口は1981年(昭和56年)に日本の市として初めて1万人を割り、2007年に5,000人を、2021年に3,000人を割り込みました。したっけ(それじゃあ)今はどうなっているかというと、温泉や道の駅を核とした観光業、そして2025年には国のワイン特区に認定されてワイナリー開業を目指すなど、新しい挑戦を続けています。歴史の重さがそのまま街の景色に刻まれている、なまら(とても)味わい深い場所なんです。
歌志内市の文化・風習
炭鉱マンの活力源「なんこ」が今も食卓に
歌志内市の食文化を語る上で外せないのが「なんこ」。馬の腸を味噌でじっくり煮込んだこの料理は、もともと秋田の鉱山労働者の間で食べられていたもの。明治の屯田兵入植以降、東北・北陸地方から大量の移民が炭鉱で働きにやってきて、そのなかで歌志内に根付いたんです。炭鉱マンのスタミナ食として愛され、今も盆や正月に親戚が集まると食卓に登場する「家庭の味」。タケノコやごぼう、こんにゃくを入れたり、隠し味にショウガやカレー粉を入れたり、家庭ごとに味が違うのも面白いところなんですよ。
北海道唯一の「なまはげ祭り」が冬を彩る
毎年2月第1日曜日、歌志内市コミュニティセンター駐車場の特設会場で開催されるのが「歌志内なまはげ祭り」。1986年(昭和61年)から始まったこの祭りは、東北出身の炭鉱夫が多かった歴史から、秋田の男鹿半島の伝統行事「なまはげ」を独自にアレンジしたもの。みのをまとい、大きな鬼面をかぶった男たちが「悪い子はいねぇが?」「いじめっ子はいねぇが?」と叫びながら会場を練り歩き、子どもたちは号泣、親は爆笑。北海道内でなまはげが見られるのはここだけなんですよ。さらに祭り後には、希望する家庭や事業所をなまはげが訪問し、「家内安全」「商売繁盛」を祈願してくれるのも独特なんです。
北海道弁が温かみを添える日常
歌志内で耳にする言葉は、典型的な北海道弁。「なまら(とても)うまいっしょ」「したっけ(それじゃあ)またね」「わや(めちゃくちゃ)寒いわ」なんて会話が、雪の積もった商店街でも温泉の脱衣所でも普通に飛び交っています。ゴミ捨て場のことを「ごみステーション」、ゴミを捨てることを「投げる」と言うのも北海道らしさ。距離感の近い、ざっくばらんで温かい人付き合いが歌志内の魅力でもあるんですよね。
厳しい冬と豊かな四季
歌志内は内陸性気候で、年平均気温は6.8℃ほど。夏は緑あふれる山に囲まれ、秋には紅葉が美しく、冬になると山がすっぽり雪に包まれます。神威岳の山頂から望む雲海は幻想的で、北海道の雄大さを感じる絶景。しばれる(凍えるほど寒い)冬の朝も、温泉につかればすっかりほぐれるんですよ。日本一小さな市だからこそ、自然との距離が近い暮らしが当たり前なんです。
歌志内市の特産品・食
歌志内ソウルフード「なんこ鍋」
歌志内の代名詞ともいえる郷土料理「なんこ鍋」。「なんこ」とは馬の腸のこと、または馬肉そのものを指す方言で、秋田県北部などでも使われてきた言葉です。味は濃厚な味噌仕立てが基本で、プリッとした食感としっかり噛むほど旨味があふれるのが特徴。臭みを取るために何度も茹でこぼし、玉ねぎを入れて約1時間煮込んでから味噌で味付けする、手間ひまかけた料理なんです。旬は通年ですが、特に寒い季節、盆や正月に親戚が集まる場面で食べるのが定番。市内では「うたしないチロルの湯」のレストランで「なんこ鍋定食」が提供されているほか、市内文珠の「木村精肉店」が冷凍自動販売機で「なんこのみそ煮」などを販売しています。炭鉱マンのスタミナ食として根付いた背景があるからこそ、噛みしめるたびに歌志内の歴史を味わえる一品。一度食べると、なまら(すごく)クセになるんですわ。
家庭の味「はつみちゃんの漬物」
「なんこ」と双璧をなす歌志内の名物が、地元のおばあちゃんが漬けた「はつみちゃんの漬物」。常時30種類以上もの漬物が並び、大根のかぼちゃ漬け、赤カブ酢漬け、鱒のハサミ漬けなど、ここでしか食べられないようなユニークなものも揃っています。味はさっぱりとした酸味と程よい塩気が中心で、こってりした「なんこ」と合わせると相性抜群。旬は季節ごとに変わり、その日その日で並ぶ種類も違うんですよ。背景には、雪深い北海道の保存食文化があり、家庭で漬けられてきた知恵がそのまま商品になっています。したっけ(それでね)、これがご飯にもお酒にも合うんです。
ジンギスカン・塩ホルモンなどの肉文化
木村精肉店では、「なんこ」のほかにラムジンギスカンや塩ホルモンなども販売されています。北海道といえばジンギスカン、というのは全国的に知られていますが、歌志内のジンギスカンは肉好きの炭鉱マンに愛されてきた歴史を持つ味。焼いてタレで食べるのが定番で、味は甘辛くてご飯がすすむんですよ。旬は通年で、特にバーベキューシーズンの春から秋にかけて出番が増えます。背景としては、ヤマで重労働をこなした男たちのタンパク源として根付いた文化があり、今もしっかり受け継がれているんです。
未来の特産品「歌志内ワイン」
2025年2月、歌志内市は国のワイン特区に認定されました。これにより、これまで法律で年間最低6,000リットルとされていた製造量が2,000リットルに引き下げられ、小規模なワイナリーでも参入可能に。市は2016年頃から石炭の採掘跡地に設けたブドウ畑で試験栽培を行ってきており、2021年に地元の民間事業者に譲渡。2025年秋頃から本格的にワイン醸造を開始する予定とのことです。味や旬はこれからのお楽しみですが、「石炭の街」から「ワインの街」への新たな挑戦として、地域活性化の起爆剤になると考えられます。なまら(とても)楽しみな、これからの歌志内の顔ですよ。
歌志内市の観光スポット
道の駅うたしないチロルの湯と温泉施設
歌志内市に来たら、まず外せないのが「道の駅 うたしないチロルの湯」。スイス・オーストリアのチロル地方に似た景観をモチーフにした、三角屋根のかわいらしい建物が目印です。2025年4月8日にリニューアルオープンしたばかりで、テーマは「すべてがサスティナブル」。なんと廃校になった歌志内小学校や西小学校の机や棚を再活用した什器が店内に並び、観葉植物に囲まれた癒し空間が広がっているんですよ。隣接する温泉「うたしないチロルの湯」は、旧炭鉱の採掘坑から毎分650リットル湧き出る天然温泉で、湯触りがちょっとヌルッとした「美人の湯」。ドライブの途中にふらっと立ち寄って、なまら(とても)気持ちのいい湯にとっぷり浸かるのが定番です。日帰り入浴は大人500円・小人300円、朝風呂は6:00〜8:00、通常は10:00〜22:00まで。道の駅は夏季(4〜10月)が9:00〜18:00、冬季(11〜3月)が10:00〜16:00、定休日は月曜と年末年始です。所在地は歌志内市中村72番地2。
- 道の駅うたしないチロルの湯 – 2025年4月リニューアル。廃校の机を再利用した什器、サスティナブル雑貨、地元産はちみつを使ったスムージーやホットサンドが楽しめるカフェが揃う、今までにない道の駅。
- うたしないチロルの湯(温泉) – 旧炭鉱坑から湧出する天然温泉。広めの主浴槽、つぼ湯、サウナ、露天風呂を完備。露天から眺める山の緑と青空のコントラストが絶景。
郷土館ゆめつむぎ
歌志内市の歴史を一気に体感できるのが「郷土館ゆめつむぎ」。1997年(平成9年)の開基100年を記念して開館した郷土資料館で、炭鉱長屋の暮らしや採炭現場の移り変わりを映像で見られる炭鉱シアター、実際に使われたコールピックなどの採炭機材、白黒テレビや電気洗濯機、ちゃぶ台といった生活用具まで、昭和30年代にタイムスリップしたかのような懐かしさが詰まっているんです。地元出身の芥川賞作家・高橋揆一郎や、教員として赴任した三浦綾子の関連資料も展示されていて、文学好きにもたまらない場所。3Dハイビジョンシアターでは立体映像も楽しめます。入館料は無料、開館時間は10:00〜17:00、休館日は月曜日と年末年始(12月30日〜1月4日)。所在地は歌志内市本町1027番地1。したっけ(それじゃあ)、ここで歌志内の歴史をしっかり頭に入れてから街を歩くと、景色の見え方がガラッと変わりますよ。
- 郷土館ゆめつむぎ – 入館無料の郷土資料館。炭鉱シアターでは坑内の様子を映像で再現、コールピックや炭住の生活用具など実物展示が充実。午前中の見学が空いていておすすめ。
悲別ロマン座
倉本聰脚本のテレビドラマ『昨日、悲別で』(1984年放送)の舞台として全国にその名を知られる「悲別ロマン座」。正式名称は旧「上歌砿会館」で、昭和28年築の住友上歌志内砿の炭鉱従業員福利厚生施設だった建物です。最盛期には370人を収容できる映画館として、映画上映、舞台公演、有名歌手の歌謡ショーが連日行われていたんですよ。1971年の炭鉱閉山後は廃墟同然だったところを、1977年に映画『幸福の黄色いハンカチ』のロケ地となり、1984年の『昨日、悲別で』を経て市民有志による保存運動が展開、1987年10月の「悲別ロマン座復活祭」を機に観光施設として再開しました。なだらかな三角屋根とノスタルジックな外観、内部には当時使用していた映写機が今も保存されています。倉本聰ファンや昭和の名作ドラマを知る人なら、なまら(とても)感慨深い場所ですよ。なお、開館は不定期なので訪問前に確認を。
- 悲別ロマン座 – 倉本聰ドラマ『昨日、悲別で』の聖地。三角屋根の旧炭鉱会館で、内部には当時の映写機も保存。秋の夕暮れに訪れると建物の影が長く伸び、まるでドラマのワンシーンのよう。
こもれびの杜記念館(旧空知炭鉱倶楽部)
1897年(明治30年)に開館した「空知炭鉱倶楽部」を改修した木造の歴史的建造物が「こもれびの杜記念館」。歌志内が炭鉱で湧きに湧いていた時代、来訪する炭鉱関係者や賓客をもてなした社交場で、今では建物自体が炭鉱遺産。木の温もりが残る館内に立つと、明治・大正・昭和の重みがふっと伝わってくるんですよ。樹々の木漏れ日が差し込む静かな空気感が独特で、写真好きにもおすすめのスポットです。
- こもれびの杜記念館 – 1897年開館の旧空知炭鉱倶楽部を改修。緑に囲まれた木造建築で、午前中の柔らかい光が差し込む時間帯がとくに美しい。
神威岳と山頂からの雲海
歌志内市のシンボルといえば標高約467mの神威岳(かもいだけ)。アイヌ語の「カムイヌプリ(熊や狼など野獣の多い山)」が名前の由来で、市民にとっての魂の山なんです。山頂から望む雲海は、北海道の雄大さを物語る幻想的な絶景。放射冷却によって霧や層雲が広域に発生する自然現象で、春または秋、夜明けから早朝にかけて湿度が高く充分な放射冷却があるときに発生しやすいとされています。オレンジの朝日と一面の雲海のコントラストは、見た人にしか味わえない感動。わや(めちゃくちゃ)絶景なんですよ。
- 神威岳 – 歌志内のシンボル山。山頂からは雲海と石狩平野の眺望が広がる。雲海は春・秋の夜明けが狙い目で、雲の上に立っているような感覚に。
- かもい岳国際スキー場 – 標高差251m、最大滑走距離4,000mの空知管内屈指のスキー場。※2025年5月23日より当面の間休止中(再開時期未定)のため、訪問前に最新情報の確認が必須です。
桜並木のサイクリングロード
春の歌志内を象徴するスポットが、市内を縦断するサイクリングロード沿いに広がる「桜並木」。植えられているのはエゾヤマザクラで、毎年5月上旬頃に一気に咲き誇り、サイクリングロードを包み込む桜のトンネルが完成します。特に神威神楽岡地区付近の桜並木は圧巻。自転車で風を切りながら走ると、ピンクの花びらが頬をかすめて、なまら(とても)気持ちのいい時間が流れます。散歩でも十分楽しめるので、家族連れでも安心ですよ。
- 桜並木のサイクリングロード – 5月上旬が見頃のエゾヤマザクラのトンネル。早朝は人も少なく、しんとした空気の中で桜と鳥のさえずりに包まれる至福の時間が過ごせる。
歌志内市の観光ルート
【車で半日】炭鉱の記憶と温泉を満喫する歌志内コア体験ルート
出発地点は、車でアクセスする場合の最寄りIC「砂川SAスマートIC」。歌志内市の核となる魅力をギュッと半日で味わうコースなんです。所要時間は約5時間で、運転に自信のない方でも安心して回れる距離感です。
10:00 砂川SAスマートIC → 10:20 郷土館ゆめつむぎ(車20分)
11:30 郷土館ゆめつむぎ → 11:40 悲別ロマン座(車10分)
12:30 悲別ロマン座 → 12:40 道の駅うたしないチロルの湯(車10分)
15:00 道の駅 → 15:10 砂川SAスマートIC(車10分)
①郷土館ゆめつむぎ(滞在1時間半)
→ 炭鉱マチとしての歌志内市の全貌を映像と実物資料でつかみます。最初に訪れることで、その後の景色の見え方が変わるんです。
②悲別ロマン座(滞在30〜45分)
→ 倉本聰ドラマの聖地で記念撮影。三角屋根の前で「ふるさとは、やさしく温かいところ」という看板を見るとなまら(とても)感慨深いですよ。
③道の駅うたしないチロルの湯(滞在2時間)
→ サスティナブルなセレクトショップで雑貨を物色し、カフェで歌志内産はちみつのスムージーを一杯。
④うたしないチロルの湯(同敷地内)
→ 締めは美人の湯。露天風呂で山を眺めながら旅の疲れをほぐすのが最高なんです。
【車で1日】歌志内+空知炭鉱遺産を辿る広域歴史ルート
出発地点は札幌駅。空知地方の旧産炭地を巡って、北海道の近代を支えた石炭文化をまるごと体感する1日コースです。所要時間は約10時間。
8:30 札幌駅 → 10:00 三笠市立博物館(車1時間半)
11:30 三笠市立博物館 → 12:15 赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設(車45分)
13:30 赤平 → 13:50 郷土館ゆめつむぎ(車20分)
15:00 郷土館ゆめつむぎ → 15:10 悲別ロマン座(車10分)
15:45 悲別ロマン座 → 16:00 道の駅うたしないチロルの湯(車15分)
18:30 道の駅 → 20:00 札幌駅(車1時間半)
①三笠市立博物館(滞在1時間)
→ アンモナイト化石と炭鉱遺産の二刀流で空知の歴史をざっくり把握できます。
②赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設(滞在1時間)
→ 旧住友赤平炭鉱の立坑櫓は圧巻で、坑内の空気感まで伝わってきます。
③郷土館ゆめつむぎ(滞在1時間)
→ 歌志内独自の炭鉱文化を、隣接市と比較しながら見るとさらに理解が深まります。
④悲別ロマン座+道の駅うたしないチロルの湯(滞在2時間半)
→ ドラマの聖地巡礼と温泉でゆったり締めくくり。したっけ(それじゃあ)、夕暮れの山あいを走って札幌へ戻りましょう。
【徒歩で半日】本町・中村エリアを歩く街歩きルート
出発地点は歌志内市役所(本町5番地)。車を市役所周辺の駐車場に停めて、コンパクトな市街地を徒歩で巡るプチ散策コース。所要時間は約3〜4時間。市内に鉄道駅はないので、車かバスで本町に入って徒歩スタートが現実的なんです。
10:00 歌志内市役所 → 10:05 歌志内神社(徒歩5分)
10:30 歌志内神社 → 10:45 郷土館ゆめつむぎ(徒歩15分)
12:00 郷土館 → 12:30 中村エリア(徒歩30分・道道114号沿い)
13:00 道の駅うたしないチロルの湯(徒歩到着)
①歌志内神社(滞在20分)
→ 1900年(明治33年)創建の地元の鎮守。静かな境内で炭鉱で犠牲になった人々への祈りを感じます。
②郷土館ゆめつむぎ(滞在1時間)
→ 街歩きの予習・復習に最適。歩いた街並みの背景が立体的に見えてきます。
③本町商店街の名残(滞在30分・通過観光)
→ かつての繁華街の面影が残る通りで、昭和の建物が点在しているのが街歩きの醍醐味。
④道の駅うたしないチロルの湯(滞在1時間)
→ 締めは温泉とカフェで休憩。徒歩で歩き疲れた足を、なまら(とても)温かい湯がやさしく癒してくれます。
歌志内市の年間イベント
歌志内なまはげ祭り(2月第1日曜日)
ぜひ行ってみてほしいのがね、毎年2月第1日曜日の17:00〜18:00に歌志内市コミュニティセンター駐車場の特設会場で開催される「歌志内なまはげ祭り」。1986年(昭和61年)から続く、北海道で唯一なまはげが見られる祭りなんですよ。秋田の男鹿半島の伝統行事を、東北出身の炭鉱夫が多かった歌志内市が独自にアレンジして始めたもの。会場にホラ貝の音色が響き渡り、松明を持ったなまはげがぞろぞろ降りてくると、子どもたちの悲鳴がドッと上がります。みのをまとい大きな鬼面をかぶった男たちが「悪い子はいねぇが?」「いじめっ子はいねぇが?」と叫びながら抱え上げる迫力は、なまら(とても)すごいんですよ。子どもは大泣き、親は大爆笑、というのが定番の光景。最後は餅まきで締めくくり、無料の甘酒やお汁粉も振る舞われます。さらに翌日以降は、なまはげが市内の事業所や希望家庭を訪問して「商売繁盛」「家内安全」を祈願してくれるんです。雪深い2月の歌志内、松明の炎と鬼の咆哮、子どもの泣き声と大人の歓声が入り混じる、忘れられない冬の風物詩ですよ。
うたしない市民祭り「SYOTTEKE」(7月上旬)
夏の歌志内市を盛り上げるのが、7月上旬に歌志内市コミュニティセンター駐車場で開催される「うたしない市民祭り SYOTTEKE(しょってけ)」。「SYOTTEKE」は北海道弁の「背負って行け」が語源で、なんとも歌志内らしいネーミングなんですよ。一番の見どころは、炭鉱マチならではの「石炭みこし」。本物の石炭を載せたみこしが会場を練り歩く姿は、ここでしか見られないんです。したっけ(それで)子どもみこしや太鼓演奏、よさこいの演舞も次々と続いて、屋台や縁日も並び、一日中楽しめます。夏の夕暮れ、焼きとうきびと焼きそばの香ばしい匂いが立ち上り、太鼓の音が山あいに響く瞬間は、人口2,454人の街とは思えないほどの熱気に包まれます。地元の人と肩を並べて、北海道の短い夏を全力で味わえる祭りなんですよ。
エゾヤマザクラの開花シーズン(5月上旬)
祭りとは違いますが、毎年5月上旬の桜の開花期も歌志内市の一大シーズンとして外せません。市内を縦断するサイクリングロードのエゾヤマザクラが一気に咲き誇り、ピンクのトンネルが完成。神威神楽岡地区付近の桜並木がとくに見事です。北海道の桜は本州より遅くて短いぶん、咲いた瞬間の鮮やかさは別格。穏やかな日差しに桜のピンクが映え、自転車で並木を駆け抜けると花びらがハラハラ舞う、なまら(とても)絵になる風景が広がるんですよ。
歌志内市のエリア別の顔
本町エリア — 市の中心、歴史と文化が集まる場所
市役所、コミュニティセンター、郷土館ゆめつむぎが集中する歌志内市の中枢が本町エリアです。1941年(昭和16年)に町内9字が成立した際の中核地区で、かつての商店街の面影を色濃く残しています。歌志内神社(1900年創建)もここに鎮座していて、歴史散策をするなら絶対外せないんですよ。観光客にとっては「歌志内を知る入口」となる場所で、まずは郷土館で街の歴史をインプットしてから、ゆっくり街並みを歩くのがおすすめ。建物と建物の間隔が広く、空が大きく見える独特の街並みも、人口減少を経験した街ならではの空気感。歴史好き・写真好き・じっくり街歩きをしたい方にはこのエリアがピッタリですよ。
中村エリア — 温泉と道の駅が集まる観光の顔
道の駅うたしないチロルの湯、うたしないチロルの湯、アリーナチロルが集中するのが中村エリア。道道114号(赤平奈井江線)沿いに広がっていて、車でアクセスする観光客の多くがまず立ち寄る「歌志内観光のショーケース」と言えるんです。スイス・チロル地方をイメージしたお洒落な三角屋根の建物が並び、観葉植物とサスティナブル雑貨が出迎えてくれる空間は、これまでの「炭鉱の街」のイメージを心地よく裏切ってくれますよ。したっけ(それで)温泉でゆっくりして、カフェでホットサンドを食べて、夕暮れ時に出発、という流れがおすすめ。観光・温泉・カフェ巡りが好きな方、家族連れやドライブ旅にぴったりのエリアなんです。
上歌・歌神エリア — 倉本聰ドラマの聖地と炭鉱の記憶
悲別ロマン座のある上歌地区、そしてかもい岳国際スキー場のある歌神地区。市の北側に位置するこのエリアは、かつて住友上歌志内砿の炭鉱住宅が立ち並んでいた場所で、今でも昭和の建物がノスタルジックに残っているんです。観光的には倉本聰ドラマ『昨日、悲別で』の聖地として知られていて、ドラマファンが全国から訪れる場所。三角屋根のロマン座、緑深い山々、廃線跡の気配——一歩足を踏み入れただけで、なまら(とても)感傷的な気分になれるんですよ。文学・映画好き、廃線跡や産業遺産巡りが好きな方、写真撮影目的で訪れる方にはたまらないエリアです。秋の夕暮れに訪れるのがとくにおすすめですよ。
文珠エリア — 炭鉱住宅と「なんこ」の自販機がある暮らしの顔
市の西端に位置する文珠地区は、かつて三井文珠坑があった場所。1947年に開業した文珠駅(廃止)の跡や、1977〜2000年に建てられた文珠高台団地公営住宅などが残り、炭鉱住宅由来の建物群がしっかり残るエリアなんです。観光的に目立った華やかさはないものの、ここに歌志内のリアルな暮らしの匂いがある。2023年に唯一の精肉店「肉の木村」が閉店した後、復活した「木村精肉店」が「なんこ(馬の腸)」の冷凍自動販売機を設置しているのもこのエリア。ディープな街歩きをしたい方、暮らしを感じたい方、グルメで歌志内を持ち帰りたい方にぴったりです。市内のコンビニ2軒のうち1軒がここにあるという、まさに「もう一つの生活拠点」って感じなんですよ。
神威エリア — 山と自然と祈りの顔
市の南東、神威岳の麓に広がるのが神威エリア。かつて北炭神威砿があった炭鉱集落で、駅前商店街もあった場所ですが、今は静かな自然エリアとして再生中。神威岳(標高約467m)への登山口があり、雲海狙いの登山客や写真愛好家が集まります。神威岳山頂から望む雲海と石狩平野の眺望は、歌志内市を訪れる人すべてに体験してほしい絶景。早朝の登山、夕暮れの山並み、四季それぞれの自然の表情——アウトドア好きや絶景ハンター、自然の中でリフレッシュしたい方にはこのエリアがおすすめですよ。わや(めちゃくちゃ)静かで、心がスッと整います。
歌志内市の気候・季節の暮らし
夏は短く快適、年平均気温6.8℃の内陸気候
歌志内市は北海道のほぼ中央、夕張山地の山あいに位置する内陸性気候の街なんです。市公式情報によれば年平均気温は6.8℃と、北海道の中でも安定したやや冷涼な気候。風水害が少なく、地震もほとんどないというのが、住む人にとっての安心ポイントなんですよ。歌志内市内に気象観測所はありませんが、最も近い砂川アメダスのデータで見ると、1日の気温は年間を通して概ね-14℃から26℃の範囲で変化し、-20℃を下回ったり30℃を超えたりすることは滅多にありません(出典:Weather Spark/砂川市の気候)。
夏は7月下旬から8月にかけて日中25℃前後まで上がる日もあり、湿度は本州ほど高くないのでなまら(とても)過ごしやすいんですよ。クーラーがない家もまだ多くて、夜は窓を開ければ涼しい風が入る——そんな北海道らしい夏の暮らしが残っています。木々の緑が濃く、神威岳の山並みが一日中目に入る景色は、夏の歌志内ならでは。お盆あたりからは朝晩がぐっと冷え込んで、長袖が要るようになるんですよ。
冬は厳しい寒さと豪雪、年間降雪量は約10m
冬の歌志内市は容赦のない雪国モード。年間平均降雪量はなんと約10メートルに達し、その雪質には定評があるほどです(出典:なかそらち会議/歌志内市紹介ページ)。最低気温の平年は1月で-6℃前後、ぐっと冷え込む朝には-15℃を下回る日もあって、まさにしばれる(厳しく冷え込む)という方言がぴったりなんですよ。日中の最高気温も真冬は-1℃から3℃ほどにとどまり、いわゆる「真冬日」(最高気温が0℃未満の日)が普通に続きます。
そのため、暮らしの中では冬支度がしっかりとしたものになります。10月下旬から11月上旬には冬タイヤへの履き替えが必須で、12月から3月までは雪かきが日課。除雪車が道路を走る音、雪を踏みしめるキュッという音、ストーブのファンの音が冬の朝の定番BGMなんですよ。したっけ(それでね)、車のリモコンスターターはほぼ必需品で、出かける10分前にエンジンをかけて暖気しておくのが当たり前。雪かき道具、暖房用の灯油タンク、冬用の長靴と防寒着——これら一式が新生活の必須セットになります。一方で、かもい岳のパウダースノーや神威岳から見える雪原は息をのむほどの美しさで、冬は厳しさと美しさが同居する季節なんです。
春と秋の短いシーズンを慈しむ暮らし
北海道の春は本州より遅く訪れます。歌志内市では4月でもまだ雪が残り、本格的な春は5月のゴールデンウィーク頃。市内のサイクリングロードのエゾヤマザクラが5月上旬に一気に咲き、ピンクのトンネルがあっという間に出現するんですよ。秋は9月下旬から10月にかけて、山々が紅葉でグラデーションに染まる時期。神威岳の山頂からは雲海が発生しやすく、夜明け前の冷え込みと日中の温かさの差が大きいほど美しい雲海が現れます。短い春と秋を慈しむのが、雪国の暮らしの知恵なんです。わや(めちゃくちゃ)忙しく感じる季節の移ろいも、住んでみるとなまら(とても)愛おしくなるんですよ。
【地元住民に直撃!】歌志内市の本当の魅力を電話で聞いてみた
※お話いただいた内容のニュアンスを大切にしながら、当編集部にて要点をまとめ、再構成しています。
※地元の人の選定はクラウドサービスで募集し、ご協力いただいているものです。あえて地元の言葉で話すようお願いしています。
70代男性
Q1.あなたのご職業を教えてください。
今はもう年金暮らしだけどね、若い頃から長いこと山さ入って、炭掘って生きてきた人間だわ。空知炭鉱が閉山したのが平成7年だから、もう30年も前になるかい。歌志内市が一番にぎやかだった頃を肌で知ってる、最後の世代だべな。今でも露天掘りで石炭は出てるんだ、知らない人多いけどさ。なまら誇りに思ってるよ、この街の歴史はよ。
Q2.この街に来て絶対行くべき場所はどこだと思いますか?
そりゃあ、かもい岳の山頂さ上って雲海見るのが一番だべ。歌志内のおすすめスポット言ったら、まずここだわ。秋の朝ね、雲がぶわーっと押し寄せてくる感じは、海みたいでなまらすごいんだわ。
それから郷土館「ゆめつむぎ」な、歌志内の観光で炭鉱の歴史わからんかったら話にならんから。地元の人間しか行かんとこだと、上歌の史跡広場あたり歩くと、昔の坑口の名残があってよ、しーんとしてて、わしらの仲間の声が聞こえてくるような気がするんだわ。
Q3.この市町村でお土産を買うとしたらなんですか?
歌志内の有名なものいうたら、まずは「なんこ」だな。馬の腸を味噌で煮込んだやつ。木村精肉店の自販機で冷凍のなんこ味噌煮買えるから、よそ者にはこれが面白がられるんだわ。
あと道の駅で売ってる手作りの漬物、辛子きゅうりとはちみつらっきょうが絶品でよ。地元の人間しか知らんとこだと、塊炭そっくりの「石炭タルト」っちゅうチョコの菓子があんだ。これがなかなか乙でよ、土産話にもなるしね。
Q4.外から人が来たときにまず連れていく店はどこですか?
連れてくとしたら、まず本町の「スナックアルファー」だな。昭和59年からやってる店で、なんこ料理は店主が下処理から自分でやっとる、本物の味だわ。昼の11時半から13時半までしかやってないから、夜は予約せんと入れんよ。
観光客はチロルの湯のレストランさ行くんだけどさ、わしらみたいな古い人間は、やっぱりアルファーのなんこで一杯やるのが落ち着くんだわ。
Q5.この市町村はどんな気質だと思いますか?
炭鉱の街ってのはな、命預け合って働いてきた人間の血が流れとるんだわ。だから困った人ほっとけんし、よそから来た人にも案外あったかいよ。
秋田からの移民が多かったから、なまはげ祭りも昭和61年からずっと続けてきたんだ。市民センターうたみんで集まって、みんなで準備するんだわ。市役所の市町村長も住民との距離が近くてな、なんせ2400人ちょっとの街だから顔見知りだらけよ。寡黙だけど芯は熱い、そういう街だな。
Q6.昔に比べて、街の雰囲気や活気はどう変わったと感じますか?
変わったなんてもんじゃないわ。わしが若い頃は4万人以上おって、本町の通りは肩ぶつかるほど人歩いとったんだ。映画館も飲み屋も山ほどあってよ。それが今や2400人切るかどうかってとこまで来てよ、寂しいもんさ。
小学校も中学校も全部一つになって学園さなったし、去年はかもい岳のスキー場まで休んでしまった。あの山が動かんのは、わしらにはこたえるよ。ペンケウタシュナイ川の水源は昔のまま綺麗なんだけどな、街は確かに小さくなったわ。
Q7.これから新しくできる施設や、期待している活動などはありますか?
令和8年の4月にな、「うたりば」っちゅう子供のための施設が開いたんだわ。高校生が名前考えてくれてよ、なんか嬉しくてな。あと運動公園の桜並木のサイクリングロードも春は綺麗だから残してほしいわ。
一番期待しとるのはワインだな。炭鉱跡の畑でブドウ育てて、市内でワイン造って売る、特区にも指定されたって聞いたわ。石炭で生きた街が今度はワインで生き返るっちゅうのは、なまら粋な話だと思わんかい。
歌志内市の移住・暮らし情報
通勤・通学は隣接市が中心
歌志内市には鉄道駅がなく、市内に高等学校もないため、通勤・通学は隣接する砂川市・赤平市・滝川市が中心となります。最寄りのJR駅は砂川駅(砂川市)で、車で約30分。市内唯一の高校は2007年に閉校しており、現在は近隣の北海道砂川高等学校に通う生徒がほとんどなんです。働く場所も同様で、市内の事業所だけでなく、車で20〜40分圏内の砂川・滝川・赤平のオフィス・商業施設・工場などに勤める人が多いと考えられます。市内には住友石炭鉱業の流れを汲む空知炭礦株式会社、和泉組、歌志内興産などの事業所があり、市役所や歌志内市立病院も雇用の場になっています。冬期間は雪道運転が日常になるので、運転に慣れていないと最初はちょっと大変。とはいえ、慣れてしまえば隣接市までの移動もなまら(とても)快適なんですよ。
家賃相場と公営住宅、移住者向けの手厚い支援
歌志内市は、不動産ポータルサイト(SUUMO・LIFULL HOME’S・アパマンショップ等)に掲載される民間賃貸物件が常時4件前後と非常に少ないのが現実です。そのため、住まいの中心は市営住宅(公営住宅)になっています。市営住宅の家賃は「家賃算定基礎額×市町村立地係数×規模係数×経過年数係数×利便性係数」で計算され、歌志内市の市町村立地係数は0.7(出典:歌志内市公式サイト/市営住宅の入居要件と申し込み方法)。収入に応じて算定されるため、低所得世帯ほど家賃負担が軽くなる仕組みなんです。
さらに、移住者向けの定住促進制度がかなり手厚いのが特徴。中古住宅購入で最大200万円(転入者)、新築または建売住宅購入で最大250万円(転入者)の奨励金が交付され、市の分譲住宅用地購入で100万円加算、市内建設業者発注でさらに100万円加算と、条件次第で最大450万円の奨励金が出るんですよ(出典:歌志内市公式サイト/定住促進制度)。住宅改修助成金(最大50万円)、耐震改修工事助成(最大100万円)、空き家バンク、短期移住生活体験(2泊3日)といった制度も整っています。日本一人口の少ない市が、必死で人を呼ぼうとしている本気度が伝わってくるんですよね。
買い物は市内+砂川エリアの組み合わせ
市内には大型スーパーは少なく、コンビニも2軒(うち1軒は文珠地区)という規模感。日常の食料品や日用品は、車で約15〜20分の砂川市にある「ホーマック」「コープさっぽろ」「イオン」などのロードサイド店をまとめて利用するのが定番なんですよ。砂川市は「砂川ハイウェイオアシス」もある中空知の商業中心地で、歌志内市民の生活圏として欠かせない存在。日々の買い物は市内で軽く済ませて、週末に砂川でまとめ買い、というスタイルが多いと考えられます。したっけ(それで)郷土料理の「なんこ」は文珠地区の木村精肉店の冷凍自動販売機で買えるので、移住したら一度は試してみてほしいですね。
子育て・教育は驚くほど手厚い
「日本一人口が少ないからこそ」と言うべきか、歌志内市の子育て支援はなまら(とても)充実しているんです。医療費は満18歳まで無料、0歳〜2歳の保育料無償化、そして全国でも珍しい「小・中学校の修学旅行費用全額助成」まであるんですよ(出典:歌志内市公式サイト/移住・定住情報、北海道で暮らそう)。さらに「子育て支援ごみ袋支給」など、子育て世帯の経済的負担を軽くする工夫が随所に。
教育面では、2021年4月に開校した「歌志内市立歌志内学園」が義務教育学校として運営されており、小1〜中3までの9年間を一貫教育で過ごせます。市内に高等学校はないので、高校進学時は砂川や滝川の高校に通学するスタイル。市内には「歌志内市立歌志内認定こども園あおぞら」もあり、就学前の保育も整っています。子どもの人数が少ない分、先生やまわりの大人の目が行き届く環境と考えられます。
医療環境は市立病院+近隣の砂川市立病院
市内の医療機関は「歌志内市立病院」と「歌志内ホワイト歯科クリニック」が中心。日常的な診療はここで受けられますが、より高度な医療や専門診療が必要な場合は、車で20分ほどの「砂川市立病院」が頼りになる存在なんです。砂川市立病院は中空知エリアの中核病院として救急対応もしているため、移住検討者にとっては大きな安心材料と考えられます。冬期間の救急搬送は雪道がネックになる場面もあるので、緊急時の備えは事前に確認しておきたいところですね。
エリア別の住み心地の補足
住む視点でエリアを見ると、市役所・郷土館・コミュニティセンターが集まる本町は買い物や行政手続きの利便性が高く、徒歩生活が成り立ちやすいエリア。中村は道の駅・温泉に近く、観光客の往来もあり開けた印象で、車利用前提の住み方になります。文珠は炭鉱住宅由来の公営住宅が多く、コンビニも1軒あり生活拠点として機能。上歌・歌神は山に近い静かな住宅エリアで、自然と距離の近い暮らしを求める人にぴったり。「ちょっと暮らし」体験で短期滞在もできるので、移住前に肌で確かめるのがおすすめなんですよ。
歌志内市へのアクセス
飛行機+車:道外から最も現実的なルート
道外から歌志内市を訪れるなら、新千歳空港または旭川空港を経由するのが基本になります。新千歳空港から歌志内市までは、車で約2時間(道央自動車道経由、約140km)。旭川空港からなら車で約1時間40分、距離にして約94kmです(出典:くらしごと/歌志内市)。レンタカーを借りて、道央道の「奈井江砂川IC」または「滝川IC」で降りるルートが一般的なんですよ。したっけ(それじゃあ)、ナビでは「砂川SAスマートIC」が最寄り(車で約20分)と出ますが、ETC車載器がない場合は使えないので、奈井江砂川ICか滝川ICを使う必要があります。
鉄道+バス:JR利用なら砂川駅または滝川駅へ
歌志内市には鉄道駅がありません。1988年に歌志内線が廃止されて以来、市内への公共交通アクセスはバスのみ。JR利用なら、函館本線の砂川駅か滝川駅で下車してバスに乗り換えるのが基本です。札幌駅から滝川駅までは特急ライラックまたはカムイで約50分(普通運賃2,860円+特急料金。料金は2026年5月時点でJR北海道公式サイトを要確認)、滝川駅前から北海道中央バス歌志内線で歌志内市まで約60分(出典:歌志内市公式サイト/交通)。赤平駅前からなら約20分とより近いんです。バス便数が限られるので、事前に北海道中央バス公式サイトで時刻表を確認しておくのが必須なんですよ。
東京方面からなら、新幹線で東京→新函館北斗(はやぶさ約4時間20分)→函館本線特急乗継ぎ……というルートは時間がかかりすぎるので、現実的には羽田空港→新千歳空港→札幌駅→滝川駅→バス、という流れが定番です。
車:札幌から約1時間40分のドライブ
札幌からの車アクセスは、道央自動車道を使って約1時間40分、距離にして約109km(出典:くらしごと/歌志内市)。最寄りICは滝川ICまたは奈井江砂川IC、そこから一般道で20分前後で歌志内市内に入れます。冬期間はチェーンまたはスタッドレスタイヤが必須で、12月から3月の路面は凍結が日常的。北海道の運転に慣れていない方は、無理せず時間に余裕を持つのが鉄則なんですよ。
旭川方面からのアクセスもよく、旭川駅から車で約1時間。富良野・美瑛などの観光エリアと組み合わせて、空知のディープな炭鉱遺産を巡る周遊ルートが組めるのがなまら(とても)魅力なんです。
観光ルート提案:「中空知の旧炭鉱都市3点セット」
歌志内だけでなく、隣接する芦別市、赤平市、上砂川町といった旧炭鉱都市を組み合わせて巡るのがおすすめのスタイル。札幌から日帰りなら、「9:00 札幌駅 → 11:00 三笠市立博物館 → 12:30 赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 → 14:30 歌志内(郷土館・悲別ロマン座・チロルの湯) → 19:00 札幌駅」という流れで、北海道の近代を支えた石炭文化を一気に体感できます。したっけ(それでね)、宿泊するなら砂川や滝川のホテルが選択肢になりますよ。
歌志内市の関連リンク
① 市町村公式サイト:北海道歌志内市(日本一小さな市・北海道歌志内市公式ホームページ)
② 観光情報サイト:歌志内市には独立した観光協会のウェブサイトは見当たらないため、市公式サイトの観光案内ページを代替として案内します。歌志内観光ガイドマップ(歌志内市公式サイト)

